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注射1本で「ゲノム編集」…生涯コレステロールの悩みから解放

登録:2023-11-24 06:05 修正:2023-11-25 08:15
初の体内ゲノム編集の臨床試験の結果 
血中コレステロール値が半分に減少 
元に戻せない遺伝子変化・副作用が「ハードル」
血管内のコレステロール(オレンジ色)と赤血球(赤色)=ウィキメディア・コモンズ//ハンギョレ新聞社

 成人病を予防して管理するうえで最も重要な生体指標をいくつか挙げるとすれば、血圧や血糖値とともに、コレステロール値は外せない。

 コレステロールは細胞膜を構成する脂質で、膜を保護して血管の壁が破れることを予防し、赤血球の寿命を長くする重要な機能を持っている。しかし、血管を詰まらせる血栓の主成分でもあり、過度に多く蓄積した場合、心臓まひや脳卒中などの血管や脳血管の疾患を引き起こす原因物質でもある。

 コレステロールは、ほとんどが肝臓で作られた後、タンパク質と結合し、脂質タンパク質という分子の形態で血管に沿って移動する。脂質タンパク質のうち、コレステロールを血管の壁に蓄積させるのが低密度脂質タンパク質(LDL)、別名「悪玉コレステロール」だ。一方、高密度脂質タンパク質(HDL)は、血管にたまったコレステロールを肝臓に運ぶ掃除機の役割をする。

 米国のバイオテクノロジー企業「バーブ・セラピューティクス」は先日、ゲノム編集(遺伝子編集)を利用し薬品を使わず悪玉コレステロール値を低くする臨床試験を実施した結果を、米国心臓協会の年次例会で発表した。今回の臨床試験は、これまで希少疾患の治療にだけ試みられていたゲノム編集技術を、一般の人たちがよくかかる病気にも適用した初の事例だ。

 臨床試験に用いたゲノム編集技術は、DNA二重らせん鎖を切るCRISPR-Cas9ではなく塩基編集技術だ。2018年に開発された塩基編集技術は、DNA鎖を切ることなく特定の塩基だけを選択して化学的に変更可能なもので、より精巧な編集が可能であり、CRISPR2.0とも呼ばれる。この技術は、今年初めに「MITテクノロジーレビュー」が選定した「2023年の10大イノベーション」にも選ばれてもいる。人体の内部で直接塩基編集を試みたのはやはり今回が初めてだ。最近英国で承認された鎌状赤血球病の遺伝子治療薬は、細胞を採取して体外で遺伝子を編集した後、再び体内に注入する方式だ。

塩基編集治療薬を高容量投与すると、悪玉コレステロール値が39~55%減少したことが分かった。図は高コレステロール血症のゲノム編集利用の効果。左はPCSK9タンパク質減少、右は悪玉コレステロール(LDL-C)の減少量//ハンギョレ新聞社

■より洗練された技術…塩基1つだけ変える

 臨床試験結果には、いいニュースと悪いニュースがある。

 まず、いいニュースは、遺伝性疾患である家族性高コレステロール血症を患う10人を対象に第1相臨床試験を実施した結果、最も高い用量の治療剤(VERVE-101)を投与した3人の悪玉コレステロール値が39~55%減少したという点だ。PCSK9酵素のタンパク質の数値は47~84%減少した。これは最新の治療薬に近い効果だ。

 専門家らの賛辞が続いた。米国ペンシルベニアのピッツバーグ大学リツ・タムマン氏(心臓専門医)は、国際学術誌「ネイチャー」に「毎日薬を服用する代わりに、1回ですべてを終わらせる新しい冠状動脈疾患の治療法を切り開く潜在力を示した」と評価した。

 ゲノム編集の専門家であるカリフォルニア大学バークレー校イノベーション・ゲノム研究所のヒョードル・ウルノフ氏は、ニューヨーク・タイムズ紙に「今回の発表は、いい意味でルビコン川を渡ったようなものだ」としたうえで、「小さな一歩ではなく、新たな領域に跳躍したもの」だと述べた。

 米国の製薬企業大手のイーライリリーの科学医療担当役員のダニエル・スコウロンスキー博士は、「これまで私たちは、ゲノム編集以外には治療法がない非常に珍しい病気に対する治療法だけを考えていた」としたうえで、「しかし、ゲノム編集を安全かつ多くの人が利用できる技術にすることができるのであれば、一般的な疾患にも適用できるだろう」と期待を示した。イーライリリーは、この治療法の潜在力を高く評価し、バーブ・セラピューティクスに6000万ドルを投資したのに続き、今後の投資にも参加できる権利を確保した。

 臨床試験で研究チームは、患者に経静脈注射を通じて脂質ナノ粒子を1回だけ投与した。この粒子の中には、コレステロールを合成する臓器である肝臓で1つの遺伝子を編集するゲノム編集ツールが入っている。PCSK9というタンパク質生産に関与するこの遺伝子は、悪玉コレステロール(LDL)値を高める役割をする。ゲノム編集ツールの任務は、その遺伝子が機能できないように遮断することだ。PCSK9タンパク質は血液でコレステロールを除去する酵素を分解するため、PCSK9を非活性化すれば、コレステロール値は低くなる。

 ゲノム編集ツールは2つのRNA分子で構成されている。1つはDNAにある特定の塩基を編集する命令が含まれたメッセンジャーRNA(mRNA)分子で、もう1つはこのツールを標的遺伝子に案内するガイドRNA(gRNA)分子だ。

 脂質ナノ粒子で包装された状態で体内に入ったゲノム編集ツールは、血液に沿って肝臓に移動した後、放出される。その後、gRNAに連れられ細胞核の染色体のある標的塩基に到着すると、mRNAがアデニン(A)塩基をグアニン(G)塩基に変える。CRISPR-Cas9のような切断作業方式ではなく、誤って書いた字(塩基)を消して新しい字(塩基)を書き込む消しゴムと鉛筆のシステムだ。新しい塩基に変わったPCSK9遺伝子は、もはや機能しなくなる。

 この遺伝子治療法の目標は、たった1回の治療で生涯にわたりコレステロールが引き起こす心臓疾患のリスクから解放させることだ。

左は体外ゲノム治療(Ex vivo)、右は体内ゲノム治療(In vivo)=資料:https://en.wikibooks.orgを編集//ハンギョレ新聞社

■深刻な副作用のニュースで株価暴落も

 しかし、悪いニュースもある。効果だけが現れたのではなく、副作用もあった。高容量を投与された人たちは、何時間もの間、発熱や頭痛、疲労感など、インフルエンザに似た症状を示した。特に2人には深刻な副作用が現れた。そのうち1人は、5週後に心臓まひで死亡した。解剖検査の結果、冠状動脈の一部が詰まっていたことが明らかになった。もう1人は、薬品投与の翌日に心臓まひを起こした。この人は、薬品投与の前から胸に痛みがあったが、研究チームに知らせていなかったと発表された。研究チームが知っていたとすれば治療しなかった事案だった。独立組織である安全性委員会は、2人が持っていた心臓の基礎疾患のために副作用が発生したとみて、試験を中断させることはなかった。

 しかし、深刻な副作用が発生したというニュースによって、バーブ・セラピューティクスの株価は40%近く急落したりもした。これは、安全性に対する懸念が遺伝子療法のアキレス腱になりうることを示唆する。

 遺伝子は一度変われば現状回復できないため、一般的な治療薬品に比べて感情的な拒否感が強い点もある。安全かつ効果の高い他の治療法があるならば、あえて遺伝子に手を出そうとしないからだ。効果が確認されても、長期的な安全性まで検証するためにはさらに長い時間が必要だ。ゲノム編集が標的以外の塩基にも影響を及ぼしたとすれば、今後どのような健康問題が発生するのかについては、知ることはできない。

 遺伝子治療法のもう一つのハードルは費用だ。これまで挙げてきたものは、治療費用が最高で数億円台に達する。バーブ・セラピューティクスはそれよりは安くなると予想している。

CRISPR-Cas9と塩基編集のゲノム修正方式の違い。左がCRISPR-Cas9、右が塩基編集=資料:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/pbi.13225//ハンギョレ新聞社

■予防も可能…安全性・持続性を見守る必要がある

 この治療方法の出発点は、10年前にコレステロール値が非常に低い人たちを調査した結果、これらの人たちのPCSK9遺伝子に突然変異が起きて動作していないことを発見したことだった。これをきっかけに、この遺伝子機能を抑制する抗体が開発され、治療に用いられた。現在、高脂血症の患者は、定期的に抗体またはRNAの注射を打ったり、コレステロール合成抑制剤(スタチン)のような薬を毎日服用する。

 しかし、遺伝子が機能できないようにすれば、こうしたわずらわしい治療コースの必要はなく、わずか1回で治療を終わらせることができる。また、遺伝的に高コレステロールのリスクを持って生まれた人たちは、若くして事前にリスクを予防することができる。

 もちろん、これはあくまで、ゲノム編集の治療技術の効果と安全性、長期間の持続性が確認されてからのことだ。今回の臨床試験に参加した患者がゲノム編集治療を受けたのは、わずか6カ月前のことだ。今年初めに発表されたサルを対象にした実験では、悪玉コレステロール値が49~69%低下し、2年半にあたり効果が持続したことが分かった。

 今回の臨床試験は、英国とニュージーランドで行われた。バーブ・セラピューティクスは、来年には米国で臨床試験を実施する予定だ。そのために先月、米食品医薬品局(FDA)から臨床試験の承認を受けた。さらに、2025年には第2相臨床試験を開始することを目標にしている。バーブ・セラピューティクスは、ゲノム編集の治療法に対するFDA規定によって、今後14年間、臨床試験の参加者を追跡観察する計画だ。

 最近開発されたCRISPR3.0(プライム編集)技術を使えば、エラーの可能性をさらに下げることもできる。この技術は、DNAをまとめて挿入することができる。病気を誘発する遺伝子全体を違うものに変えることができるということだ。

 「MITテクノロジーレビュー」は「いつの日か、高血圧や特定の病気を予防できる遺伝子を遺伝子コードに追加できるかもしれない」と書いた。同誌はその時期を10~15年後と予想した。

クァク・ノピル先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/science/science_general/1117502.html韓国語原文入力::2023-11-23 11:50
訳M.S

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