車輪が付いたクルマは、西南アジアのチグリス川とユーフラテス川流域で、メソポタミア(「川と川の間」という意味)文明を作りだしたシュメールの発明品として知られている。シュメールはクルマを利用し、以前よりはるかに多くの物資をより早く運送できるようになることで、繁栄に向かう基礎を築いた。
しかし、「肥沃な三日月地域」と呼ばれるメソポタミア平原で、4500年前に初めてこのクルマを引いた家畜は、馬ではなかった。
馬より500年も前に登場したこのずんぐりとした家畜は、速くて力が強かった。当時作られた楔形文字の粘土板には、「クンガ」(kunga)という名前の交配動物を育てて用いたという記録がある。
クンガはロバの最高6倍に達するほど高価で珍しい家畜だった。記録によれば、体格が大きいオスのクンガは、王や貴族、戦場の兵士や指揮官が乗ったクルマを引き、体格が小さなオスやメスは、すきを引く用途に用いられた。容易には得られない家畜であるため、王室の結婚時の持参金としても一役買った。しかし、クンガが正確にどのような動物なのかについての記録は発見されていなかった。
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メスの家畜ロバとオスの野生ロバの雑種
遺伝学者、考古学者、古生物学者で構成された研究チームが、ベールに包まれたこの家畜の正体を明らかにした。
フランス国立科学研究院(CNRS)のジャック・モノー研究所の科学者たちは、4500年前のシリア北部の古代都市「ウンム・エル・マッラ」(Umm el-Marra)のある王家の墓から出土した25頭の動物の遺骨についての遺伝子分析により、クンガが異種交配で作った雑種のロバであることを確認したと、国際学術誌「サイエンス・アドバンシス」に発表した。2006年に発掘されたこの遺骨は、かつて米国の動物考古学者が、形態学的な特徴と考古学的な証拠をもとにクンガだと推定したことがあった。
この地域の暑い気候と長い年月により遺伝子の保存状態は良くなかったが、研究チームは、ショットガン・シークエンシング法(DNAを無作為で細かく刻み分析した後、コンピュータで組み合わせる方法)とPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)を利用した遺伝子増幅技術を利用し、遺伝情報を探りだすことに成功した。
研究チームは続いて、この動物の遺伝子を同じ科の他の動物、すなわち馬と家畜のロバ、シリアノロバの遺伝子と比較した。シリアノロバの遺伝子は、トルコ南東部の東南アナトリア地域にあった人類初の神殿「ギョベクリ・テペ」で発掘された1万1000年前の遺骨とオーストリアのウィーン動物園に保管されている遺骨から確保した。
分析の結果、ウンム・エル・マッラのクンガは、家畜化したメスのロバ(Equus Africanus asinus)とオスの野生のシリアノロバ(Equus hemionus hemippus)を交配させ作った一代雑種の動物だと明らかになった。
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「古代シュメール人の驚くべき想像力」
研究チームは「これはもちろん、メスの馬とオスのロバの交配種であるラバよりはるかに先んじたものであり、クンガは人類が初めて作りだした動物の雑種の事例に当たる」と明らかにした。ニューヨーク・タイムズによると、これまで最も古い雑種動物として知られていたラバは、3000年前のトルコに初めて登場した。
今回の研究を主導したエバ=マリア・ガイグル博士は、「家畜のロバはおとなしいが遅く、シリアノロバは速いが荒っぽかった」とし、「二つの間から生まれたクンガは、二つの長所を受け継いだ」と述べた。クンガは、当時この地域に分布していた野生の馬よりもはるかに速かったいう。彼女は「古代シュメール人が雑種の繁殖のような複雑な方法を想像したというのは、驚くべきこと」だと付け加えた。
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ラバと同様に繁殖できず、馬に追い出される
クンガはラバと同様に自ら繁殖できなかったため、新たにクンガを得るためには、そのたびに交配させなければならなかった。そのためシュメール人は当時、ナガル(現在のシリアのテル・ブラク)地域に、種馬に用いる野生のロバを捕まえて囲う繁殖センターを別に設けていた。
シュメール人に大切にされたクンガは、4000年前にロシア南部の平原地帯で家畜化した馬がシュメールに輸入されると、容易に繁殖できる馬に追い出されてしまった。
クンガの種馬役を務めたシリアノロバは、1920年代に絶滅した。今回の遺伝子の比較分析に用いたウィーン動物園のロバが、この種の最後の残りの2頭のうちの1頭だった。もう1頭は草原で銃に撃たれて死んだという。今回の研究でクンガは、もはや永遠に再現できない動物であることが確認された。