5世紀の伽耶の小国「非火伽耶(ピファガヤ)」の権力者の大規模古墳が、埋葬から1500年を経て初めて開かれた。
国立伽耶文化財研究所は28日午前11時頃、慶尚南道昌寧邑校里(チャンニョンウプ・キョリ)の校洞伽耶古墳群で、盗掘されていない状態で最近発見された大型古墳、63号墳の蓋石を開き、長さ6メートルを超える玄室内部を取材陣や学界の専門家に公開した。
重さ2.8トン、3.8トンの蓋石2個をクレーンが引き揚げて現れた玄室の中は、長頸壺や蓋付きの高坏など、特有の昌寧式土器が、壁から崩れ落ちた土と混ざった状態で床を埋め尽くしていた。土器の間には、墓の主の身分の高さを象徴する農機具の一種であるサルポや鉄の鏃、馬具などと推定される金属製の遺物の欠片も点々と散らばっている。蓋石の内部には土器のない空間も見えたが、殉死者が安置された所と推定されると研究所は説明した。もうひとつの関心事である墓の主の人骨が残っているかどうかについては、幾重にも積み重なった土器と土を収拾し、洗浄してみなければわからないという回答が返ってきた。
小さく角張った石を積み上げて作った玄室の四方の壁にも注目だ。何よりも泥を全面に塗り、そのうえから朱を塗った跡が随所にはっきりと残っており、取材陣と専門家の目を引きつけた。蓋石を開ける前の内視鏡による事前調査でも確認された朱塗り跡は、63号墳の発掘作業で最も際立つ特徴とされる成果だ。他のどの古墳よりも朱塗りの範囲が広く、痕跡も明らかだという。研究所側は、古代人が邪鬼払いのために四方の壁に朱塗りをしたと推定しつつ、玄室の壁に朱塗りの跡が数多く発見される古代日本列島の古墳築造様式とも一定の関連性があるものと解釈している。
発掘現場の下の臨時陳列台には、63号墳の近くの62号墳から出土した燈盞形象形土器が断然注目の的だった。電話の受話器あるいは天秤に似た胴体に2つの灯蓋の形をバランスよく載せたこの象形土器は、これまで見たことのない非火伽耶の職人の独創的なデザインを誇っている。同研究所のパク・ジョンイク所長は「大型の伽耶古墳が全く盗掘されず、埋葬当時の状況を保ったまま発見されたのはほぼ前例がない。非火伽耶の葬送儀礼や生活史の復元に決定的な手がかりとなると期待している」と語った。玄室の床に厚く積み重なった土器や土の層を取り払えば、人骨や金冠、耳環、馬具のような重要な遺物が多数出現する可能性も相当あるというのが研究所側の見方だ。ヤン・スクチャ学芸室長は、2カ月ほどと予想される墓室の収拾作業に尽力する計画だと語った。