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[マガジンesc] 北の故郷の味を偲ぶ美味しい冷麺(ネンミョン)紀行

登録:2014-06-19 18:09 修正:2014-06-20 03:15
カバーストーリー/京畿(キョンギ)北部の冷麺が美味しい店
夏の最高人気食である冷麺の故郷と近いからか

京畿道(キョンギド)北部には冷麺が美味しい隠れた名店が多い。

 すなわち戻れた筈の故郷に帰れなかった民が、漣川(ヨンチョン)に定着し蕎麦を植えて麺を作ったこちらは、ソウル冷麺が美味しい店の本流でもある。

‘漣川(ヨンチョン)冷麺’をご存じですか?

 冷麺と聞けば寝ていてもむくっと起きるマニアでもなじみがうすい名前だ。 新しくできた冷麺の美味しい店ではない。 農村振興庁の伝統郷土料理資料集を見れば‘京畿道 漣川郡 旺澄面(ワンジンミョン)で栽培した蕎麦を利用して、故郷に帰れなかった民が北側の故郷の味を再現しようと作り始めた漣川特有の冷麺’だという。 避難民が多かったペクリョン島にまで知られた冷麺だ。‘特有の’という字句に耳がそばだつ。 いったいどんな味だろうか?

脈が途切れるところだった漣川冷麺
10代の若者たちの情熱で
復元し命脈をつなぐ
蕎麦の香りが強いのが特徴

漣川冷麺の味を受け継いでいる‘黄海冷麺’

 熱い夏の風が吹き始める。 今年も夏の王様は冷麺になりそうだ。 すでにソウルの有名冷麺店の前にが行列が長い。 その列を抜け出して‘北へ北へ’漣川冷麺を訪ねて行ってみよう。 ついでに京畿道北部地域の他の冷麺の美味しい店もひと巡りすれば夏支度は終わったようなものだ。

 去る12日は‘冷麺の日’だった。 地下鉄1号線の逍遥山(ソヨサン)駅で下車し、全谷(チョンゴク)ターミナルへ向かうバスに乗れば、すぐにとても楽しい演歌のメロディに親指が踊り出す。 漣川冷麺を作って出す唯一の冷麺屋、‘黄海(ファンヘ)冷麺’に至る道だ。 全谷ターミナルで一時間に一本の58番バスに乗らなければならない。 畑と尾根、小さな国道沿いに黄海冷麺屋は古風なたたずまいを見せている。 ‘since 1980’の看板が目に映る。 歳月を刻んだ看板に一層興味が増す。 だが、主人の顔に接すれば、疑念が頭をもたげる。 主人のイ・シヨン(23)、イ・スンゴン(25)さんは10代のようにあどけない。 2人は兄妹だ。 「父親の店を受け継いだのか?」という質問に、イ氏は「違う」と断固として答える。 麺の生地を機械にかけて、肉汁を煮出す手並みがただ者ではない。 事情を聞いて見れば思わずため息がもれる。 この若者たちがいなかったら漣川冷麺はこの土地から間違いなく消えていた。

京畿道(キョンギド)東豆川市(トンドゥチョンシ)にある‘平南麺屋’の平壌(ピョンヤン)冷麺

 漣川冷麺は故郷へまもなく帰れるだろうと思って、それ以上南下せずにいて、故郷に帰れなくなった民の香り濃厚にしみこんだ冷麺だ。平壌冷麺と味のルーツが一緒で、調理法も大同小異だが、江原道(カンウォンド)と北朝鮮側の山間地域に近く、質の良い蕎麦の栽培が可能だったため、そのような地域的な特色が生きている冷麺だ。 今、ソウルの一部冷麺名店の元祖である議政府(ウィジョンブ)の平壌麺屋も最初の出発地は漣川だった。

京畿道(キョンギド)議政府市(ウィジョンブシ)の‘平壌麺屋’

 シヨンさんは、終日熱い湯気と宙を舞う蕎麦粉と取り組んでいて「本当におもしろい、世の中で一番おもしろい」と言う。 彼女にとって都会のきらびやかな灯などは関心外だ。 黄海冷麺の創業者であるキム・スンニョン(76)ハルモニ(おばあさん)との遭遇はその情熱が呼び寄せた幸運だった。 キム ハルモニは黄海道(ファンヘド)が故郷の夫イ・キグァンさんと黄海冷麺屋を創業した。 40年にわたる常連だという住民ヒョン・ソクジュ(70)氏の証言を聞いてみれば、1970年代頃に初めて開業し、1980年に旺澄面(ワンジンミョン)事務所近隣から今の場所である‘68-3番地’に引越したものと推定される。 しばらくの間、黄海冷麺は地域の最高グルメ店だった。 ヒョン氏は「ハラボジ(おじいさん)のいる時が最高だった。行列を作って食べた。 ハラボジの人柄が良くて、友達のように酒も一緒に酌み交わした」と伝える。 近所の軍部隊の軍人たちも地位の上下を問わずに行列に列んだ。 キム ハルモニは2009年にハラボジが亡くなると一人で冷麺屋を営んだ。 イ氏兄妹の叔母が営むサウナに通って、主人と親しくなって冷麺屋を賃貸した。 シヨンさんは「初めは冷麺屋を営むことになった叔母を助けるために来たのだけれど、3年前から私が直接営むことになった」と言う。 黄海冷麺の建物2階に暮らしていたキム ハルモニは3年間、冷麺屋の新しい主人になったシヨンさんに‘ハラボジの冷麺作り’をじっくり教えた。 栄養学を専攻した彼女は東豆川(トンドゥチョン)から毎日出退勤して仕事を習った。 除隊した兄のスンゴン氏も手伝う事になった。

平南麺屋の‘豚肉辛子和え’

 冷麺から蕎麦の香りが漂う。麺がプツプツと切れる。 「逍遥山(ソヨサン)駅付近の小さな畑で蕎麦栽培を自分でしています。」鋏切ったようなとても薄いゆで豚一枚、漬けたダイコン、キュウリが添えられる。 あれ、卵が通常の有名冷麺屋とは違う。 焼いた卵だ。「お客さんが白い卵はたくさん残すんです。」麺の色はやや濃い。 蕎麦の殻をむいて引いたのでは出て来ない、マッククス(粗いそば粉で打った麺)と似た色だ。「殻をむいた蕎麦とむかない蕎麦、とうもろこしの澱粉、小麦粉を少量混ぜて使う」と言う。 韓牛骨、膝肉などがスープの基本だ。 そこに大根キムチ(トンチミ)汁が入る。 元々キム ハルモニが作っていた漣川冷麺は脚の骨で汁をとったものだったが、シヨンさんは「この頃の人には油っこく感じる味なので変えた」と言う。 シヨンさんは咸興(ハムン)冷麺式のビビン素麺にも自身のスタイルを込めた。 「ソースにパイナップルを煮つめて添加した。」シヨンさんの夢は大きい。 「この冷麺をソウルの人々に味わってもらいたい。」価格7000ウォン。 ソウルの有名冷麺屋と比べて遜色なく‘ハラボジの雉肉ギョーザ’もある。 (京畿道 漣川郡 旺澄面 無等里(ムドゥンニ)68-3/031-833-7470)命脈が途切れる危機から起死回生した冷麺屋は他にもある。 東豆川の最強冷麺屋‘平南麺屋’。 冷麺は古い昔から最初の一口で決まる。 すっかり器の底まで飲み干すだろうか、はたまた残すだろうか! 牛肉の肉汁と大根水キムチ(トンチミ)汁が、いずれ負けじと競争する平南麺屋の肉汁は‘名声がただの名声ではない’と唸らせる。 一杯で高雅な風味が全身に広がる。 蕎麦粉とさつまいも澱粉を混ぜて捏ねた麺は、なめらかでやわらかい。 やはり東豆川市の代表選手にふさわしい。 だが、主人のユン・ヘジャ(54)さんは「ここは(ソウルから)遠い。 決まって訪ねて来る常連はいるが、全盛期よりは減った」と言う。 全てのものを真空清掃機のように吸い込む大都市、ソウルの恐ろしい強大パワーがここまで及んでいる。 平南麺屋は1950年代初頭に開業した老紳士級の冷麺屋だ。 ユンさんは10年前にここの主人になった。 彼女が引き継がなかったら平南麺屋の優雅な味は今はもう無かったかもしれない。 元々、平壌が故郷のキム・ジョンヨン(76)さんのお父さんが創業者だ。 キム氏は妻のハン・ウムジョンさんと2代目になり、2000年代の初めに妻が亡くなり、10年前に20代で平南麺屋で働き家族のように過ごしたユンさんに味の全てを引き継いだ。 故郷が忠清道(チュンチョンド)扶余のユンさんは、結婚するとすぐに夫の故郷である東豆川市に来て暮らした。 「うちの辛子和えは他所にはない。 酢鶏湯を商う店は多いけど。」色々な野菜、牛肉や豚肉を混ぜて辛子ソースをまぜた和えものは酒のつまみに最高だ。 ユンさんは「店をこれ以上大きくするつもりはない。 ソウルで一緒に店を出そうという人もいるが、習った通りにこの程度の規模で続けたい」と言う。 「お父さんのようで、兄さんのような」キム・ジョンヨンさんが今もこの店を訪ねてくる。 彼をさびしがらせたくない。 現在、ユンさんの息子キム・ジヨン(33)さんが店を継ぐ準備をしている。 7000ウォン。 (京畿道 東豆川市 生淵路(センヨンノ)127/031-865-2413)

黄海冷麺の雉肉ギョーザ

平壌麺屋のゆで豚

 京畿道北部冷麺ツアーに‘郡南(クンナム)麺屋’と議政府の‘平壌麺屋’を欠かすことはできない。郡南麺屋は黄海冷麺から車で5~7分の距離にある。 地域住民は「黄海は昔の方式そのままで、郡南はこの頃の味だ」という。 郡南麺屋は伝統食といわゆる粉食店の冷麺の中間にある。 江原道が故郷のパク・ギョンソン(62)氏が数回の試行錯誤の末に作った。 息子のパク・ヒョクス(35)氏は「お父さんは(漣川に住んでいた)叔父さんを若い時期に訪ねて来たが、水が良くて山の良いこちらに定着した」として「初めは船頭だった」と言う。 北三橋ができると旅館兼定食屋を営み、それが郡南麺屋の始まりだった。 鶏肉スープに蕎麦とジャガイモ澱粉を5対5、あるいは6対4程度に混ぜて麺を作るが、ジャガイモ澱粉を使う所は意外に多くない。 価格は5000ウォン。 たっぷりあって成人女性二人なら一杯を分けて食べても不足しない。 郡南面(クンナムミョン)一帯の釣り場を訪れた人々が好んで行く美味しい店だ。 (京畿道 漣川郡 郡南面三叉路400-16番地/031-833-8131)議政府の平壌麺屋はソウルの乙支(ウルチ)麺屋、筆洞(ピルトン)麺屋、蚕院洞(チャムォンドン)の本家平壌麺屋の本当の‘本家’だ。 平壌が故郷の故ホン・ヨンナム氏が70年代に初めて京畿道 漣川郡で開業した。 1987年に現在の位置に冷麺屋を移して息子のジングォン氏が家業を継いだ。 ソウルの冷麺屋はホン・ヨンナムさんの娘たちが営んでいる。

 どことなく奥ゆかしい外観は以前と変わらず、本家らしく冷麺はあっさりして茹で牛肉(スユク)は十分に当代一といっても誇張ではないほど風味が良い。 7000ウォン。 (京畿道 議政府市 議政府3洞385/031-877-2282) パク・ミヒャン記者 mh@hani.co.kr

https://www.hani.co.kr/arti/specialsection/esc_section/643024.html 韓国語原文入力:2014/06/19 09:56
訳J.S(4359字)

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