登録 : 2013.08.22 20:29 修正 : 2013.08.23 00:24

チョン・ナムグ東京特派員

 金禧老(キム・ヒロ)をご存知ですか? 1968年2月、日本静岡県清水市で日本人ヤクザ2人を銃で殺害した後、旅館で13人の宿泊客を人質にとり88時間にわたる人質劇を行った在日同胞の話です。 その事件で31年近く服役した彼の話が2回も映画として作られたので、その名前を記憶されているでしょう。 出所後、余生は実父の姓を取って権禧老(クォン・ヒロ)として生きました。

 7月31日から10月末日まで東京新宿の高麗博物館で開かれる在日写真家、故キム・ユィ写真展ポスターを見て、ふと彼のことを思い出しました。 1960~70年代の在日同胞の人生を記録した写真の中で、千葉県に住むある女性が東京に行商を出て行くために総武線列車に乗ろうとする姿を撮ったものがとても印象的でした。 女性は背中に3重に風呂敷包を背負い、手にも大きな風呂敷包を持っています。 屑拾いをしていたという権禧老のお母さんのようにアザミの根のようにあくせくと生きなければならなかったザイニチ(在日韓国人を称する日本語)の姿です。

 金禧老は在日韓国人に対する差別に怒ってその事件を起こしました。 事件の数年前の1965年、韓国は日本と国交を正常化しました。 その時、韓国は植民支配に対する賠償として有償・無償資金6億ドルを日本から受け取りました。 ところが在日同胞の法的権利を確定する過程で、韓国政府は彼らを殆ど見捨てました。 彼らは日本でその後も石を投げられながら生きました。 指紋押捺義務、就職差別など各種の差別に対抗して数十年を泣きながら戦わなければなりませんでした。

 私たちが見捨てたのは在日同胞だけでありませんでした。 旧日本軍に連れて行かれ死んだり負傷した人々、徴用されて一銭の金も受け取れずに帰ってきた人々、慰安婦として動員されて性奴隷として生きなければならなかった人々、シベリアとサハリンに抑留された人々、広島と長崎で原爆に被爆した人々とその子孫たち。 胸に手を当てて思案してみましょう。 果たして大韓民国は国民を保護するという国家の義務を果たしてきたのか。 植民支配で被害を被った人々に‘国を取り戻してどれほど幸いか’という声を聞いただろうか。 もちろん、極めて遅くなりましたが、被害者に対する国家的支援を少しずつ始めました。 しかし、まだ知らぬフリで一貫していることも多いのです。 原爆被害2世、3世が代表的存在です。

 安倍晋三総理が率いる日本政府は行く道がおかしくなっています。 周辺国を侵略し植民支配した歴史を美化しようとしています。 もしかしたら彼らは遠からず軍隊を保有して、外部に向かって軍事力を使う日本を作り出すかもしれません。 私たちは今、日本がそのような道へ進むことを警戒し、批判しています。 再び過去の悲劇が繰り返されてはならないと考えるからです。 悲劇の再発を防ぐ最も強力な力は‘人間に対する礼儀’から発します。 軍事力に対抗して軍事力を育てようという対決主義でなく、平和と人権の価値を大切にする態度がまさにその力の源泉でしょう。

 独島(トクト)を訪問して、独島守護の意志を示されたことはありがとうございます。 ところで私が思うには、国会議員がそれより先にしなければならないことがあるのではないでしょうか。 再び独島に行く前に、今国会に提出されている原爆後遺症を受け継いだ2世、3世を支援する内容の法案を必ず先に通過させて下さい。 韓国は国民の苦痛を放置しないということを示して下さい。 日本に解決しろと言う前に、私たちが先に彼らを世話しなければなりません。 私たちは過去の過ちを隠して美化しようとする日本とは違い、過去の歴史を直視して悲劇を忘却しないことを示して下さい。 それでこそ‘右傾化日本’を批判することがさらに正当性を持つのではないでしょうか?

チョン・ナムグ東京特派員 jeje@hani.co.kr

韓国語原文入力:2013/08/22 19:04
http://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/600517.html 訳J.S(1742字)

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