先月26日に訪れた日本南部の九州にある「福岡市認知症フレンドリーセンター」。トイレの入り口にちょっと変わったマークがついている。女性トイレには人が便器に座っている姿が、男性トイレには人が便器の前に立っている姿が描かれている。多少気恥ずかしいかもしれないが、現実の姿をそのまま再現したものだ。センター職員の安藤由紀子さんは「一目でどんな場所なのかすぐ分かるようにデザインしたもの」だと語った。認知症の症状がある場合、従来のトイレのマークを男性あるいは女性と認識するだけで、トイレだと気づかない事例が多いからだ。同センターはトイレだけでなく、受付やセミナー室、相談室などを、マークを見るだけでどんなところかすぐ分かるようにデザインした。
センターが気を使ったのはマークだけではない。どんなところなのか文字でも説明しており、目立つ色を選びよく見えるようにし、十分な照明を設置して明るくしている。職員の安藤さんは「認知症患者が自分の力で行きたい場所を探せるようにした。非常に効果がある」と強調した。認知症になると視野が狭くなり、距離感覚が衰え、物を区別しにくくなるなど機能が低下する。同センターは英国スターリング大学認知症サービス開発センター(DSDC)から認知症にやさしいデザインとして最高等級の「ゴールド」認証を取得した。日本の公共施設としては初めての獲得だ。
65歳以上の高齢者人口の割合が29.1%で世界最高水準の日本は、認知症問題に素早く対処している。厚生労働省が5月に発表した資料によると、65歳以上の認知症患者が2022年の443万人(65歳以上の高齢者のうち12.3%)から2030年に523万人(14.2%)へと8年で80万人増え、2040年には584万人(14.9%)、2060年には645万人(17.7%)まで急増すると推計された。記憶力の低下など認知症の前触れとなる「軽度認知障害」(MCI)まで合わせると、日本ではすでに1千万人を超える高齢者が認知症またはその直前の段階にあるといえる。
日本は今年1月から、初の認知症関連の法律である「共生社会の実現を推進するための認知症基本法」を施行している。「超高齢化社会」の日本で認知症は避けて通れない問題であることから、予防や治療とともに「共に生きていく」ための環境を作ることを目指している。認知症患者と家族が偏見や孤立した介護で「認知症になったら人生をあきらめなければならない」と絶望しないようにするためだ。日本は2004年、愚かという意味が込められている「痴呆症」を「認知症」に用語を変え、「認知症ヘルパー」の養成、「認知症施策推進5カ年計画」(オレンジプラン)など支援政策を拡大している。
福岡市は、日本で認知症政策に関して最も進んでいる地域の一つである。人口164万人のうち65歳以上が約35万人(22.2%)で、高齢化の比率は日本の平均より低いが、早くから将来を見据えて動いてきた。市は「100歳時代」を迎え、個人の幸せと持続可能な社会を同時に成し遂げるための具体的な行動を含む「福岡100」プロジェクトを2017年から施行している。第一の目標が認知症にかかっても安心して暮らせる地域を作ろうという「認知症フレンドリーシティ」だ。民放アナウンサー出身で2010年に35歳で初めて福岡市長に当選し、4期目の高島宗一郎市長が主導している。
昨年9月にオープンした「福岡市認知症フレンドリーセンター」は、市の認知症政策の実行の「拠点」となるところだ。30年近く高齢者療養関連の仕事をしてきた党一浩センター長(50)は「福岡市の新たな挑戦が少しずつ成果を出している」と語った。
市では「ユマニチュード」(人間と態度の合成語)ケアを拡散させている。認知症患者を管理ではなく尊重の対象と捉えるケア技法だ。フランスで開発され「あなたのことを大切に思っている」ことを相手が理解できるよう会話・接触方法など具体的な内容が含まれている。認知症患者の攻撃行動の頻度が減るなど、かなりの効果があるという研究結果が多数発表された。党センター長は「福岡市にある学校、高齢者関連施設などこれまで約2万人がユマ二チュード教育を受けた。認知症の当事者ときちんと目を見ながら話すなど、2~3時間で習うことができる」と語った。さらに「地域の多くの市民が認知症を理解し、関係を結ぶ方法を学べば、共に生きていける」と付け加えた。
「認知症フレンドリーデザイン」も力を入れている事業だ。市は「認知症の人にもやさしいデザインの手引き」を作り、市のサイトで公開している。センターを含め、老人施設や公衆トイレ、区役所の新庁舎など、現在50カ所以上で認知症患者にも分かりやすい新たなデザインが導入された。先月には市内の橋本駅広場が「認知症にやさしいデザイン」でリニューアルされた。屋外で活用されたのは日本で初めて。
「認知症になるとずっと家にいる場合が多く、状態がさらに悪化します。なぜ外に出るのが難しいのかを調べなければなりません。たとえば、バスに乗るのが大変で出られないのなら、乗りやすくすればいいのです」。党センター長は「認知症の人にとって暮らしやすいまちにすれば、皆にも暮らしやすいまちになる。社会のインフラと認識を変えなければならない」と語った。
認知症患者が社会に貢献できる道を作ることも、市が重要視しているところだ。企業と協力して働き口を作ったり、彼らの声を聞いて認知症患者が使いやすい製品を新たに開発したりする事業も進められている。「結ばなくてもいいガーデニングエプロン」や「モノが無くならないガーデニングトートバッグ」、また、高齢者も使いやすいガスコンロなどがすでに開発されている。党センター長は「企業は認知症の人を助けるという概念ではなく、全く新しいマーケット(市場)として捉えている。互いにウィンウィンの関係だ」と強調した。
「認知症フレンドリーセンター」ができたことで、福岡市が進める認知症政策がさらに広がっている。センターでは、ユマ二チュード教育から認知症患者にやさしいデザインの広報と製品開発への協力、拡張現実(AR)を利用した認知症体験もできる。認知症の人がきてくつろげる空間にし、認知症患者の家族のためにカウンセリングも行っている。ケアや在宅医療サービスなどを行う「メディヴァ」が委託を受けて運営している。初めてオープンした時、年間約1千人の利用を見込んでいたが、オープンから9カ月で約6千人が訪れるなど、大反響を呼んでいる。それだけ認知症に関心が高いという証拠だ。
センターでは認知症の人も働いている。認知症患者と会話し、訪問者の案内などを担当している。70代の武谷清美さんは「ここは皆いい人たちだし、仕事もとても楽しい」と明るく笑った。1週間に2回、15分の距離にある家から一人で通勤しているという。時々曜日と時間を間違えたり、道に迷ったりする場合もあるが、これまで大きな問題はなかった。党センター長は「最初は奥さんがいないと外出するのもおっくうになっていた」とし、「できることやしたいことが増えると、認知症患者の状態が良くなる」と語った。
介護保険(韓国の高齢者長期療養保険)の厳しい財政状況、不十分な介護サービスなど、日本も認知症福祉に関しては解決しなければならない課題が山積みだ。しかし、時代の変化に合わせて新しい挑戦をする姿は、似たような課題を抱えている韓国に示唆するところが大きい。党センター長は「今後、認知症は『多数派』になるだろう。自分が認知症の症状があると人前で言える、『認知症でも大丈夫だ』と思える社会にしなければならない」と強調した。