ミナミハンドウイルカ「ピボンイ」が、3カ月以上行方不明になっている。2005年に済州道の飛揚島(ビヤンド)沖で不法捕獲され、中文(チュンムン)のイルカ水族館「パシフィックランド」で15年以上ショーを行った後に放野されてからだ。ミナミハンドウイルカは沿岸1~2キロメートル以内で生息する。まだ見つかっていないのなら、我々はピボンイの死を受け入れる準備をすべきかもしれない。
昨年8月3日、チョ・スンファン海洋水産部長官が直接乗り出して、ピボンイを済州沖に放野すると発表した。クジラを素材にしたドラマ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」が人気を博していたため、マスコミの注目が集まる中、2カ月後に皆が喜んでピボンイを海に送り出した。
放野当時、懸念がなかったわけではない。本紙の動物専門メディア「アニマルピープル」と様々な動物団体は、15~20年間にわたり長期間水族館で暮らしていた似たような条件のクムドゥンイやデポも放野に失敗しており、放野が失敗した場合に連れ戻す計画などが明確ではないと指摘した。しかし、海洋水産部を中心とした放流協議体は成功を確信した。大々的にピボンイを送り出したが、いま誰もピボンイの運命に責任を取ろうとする人がいない。
「ニューフォレストのミンク解放作戦」が思い出される。25年前、急進的な動物権団体「動物解放戦線(ALF)」が英国のニューフォレスト国立公園の隣のミンク農場に入り、ミンク6000匹余りを解放した事件だ。ALFはポン・ジュノ監督の映画『オクジャ/okja』で遺伝子組み換えで生まれたスーパー豚を救出する団体として登場する。
この事件は英国で波紋を呼んだ。学者たちはミンクが馴染みのない地域に放野されれば、ほとんどが飢え死にすると批判した。多くの動物団体もALFに背を向けたが、なかでも「動物尊重」のマーク・グラバーは「(ALFの行動は)毛皮反対運動にとっても災い、ミンクにとっても災い」だと非難した。これに対し、ALFは「私たちもミンクが死ぬかもしれないことは分かっている。だけど、(ミンクたちは)死ぬ前に少しでも自由を味わえる」と反論した。彼らが行動を起こす1カ月半前、労働党政権は毛皮に対する反対世論が圧倒的だとし、毛皮農場の廃止を公言した。
ピボンイの意思を聞いてから放野の可否を決められたら良かったかもしれない。もちろん、それは不可能だ。だからこそ私たちは動物の運命に責任を負わなければならない時、できるだけ慎重であるべきだ。英国のミンクたちのように、ピボンイも「世の中がひっくり返る経験」をしなければならないためだ。
動物の運命を決める時は、科学と哲学、そして経験に基づき、熟考しなければならない。今回はどうだったのか。第一に、科学的な見地からして、ピボンイの放野は不適切だった。イルカの放野は水族館で監禁されていた期間が長ければ長いほど失敗する確率が高くなる。イルカが幼い頃に学んだ済州の海中の地理、海流の方向などを記憶していなければならず、音波で地形地物を認識し疎通する方法を思い出さなければならない。社会的動物であるイルカは2頭以上を放野するのが科学的な標準だ。
第二に、哲学の面では「動物解放」のようなイデオロギーが独り歩きした。私たちが民主主義のために誰かを犠牲にすべきだと要求できないように、動物を放野する時も全体の波及効果を考えると同時に、動物個体の生活の質がどのように変わるかを真剣に考慮しなければならない。
第三に、私たちには「クムドゥンイとデポの失敗」の経験があったにもかかわらず、そこから一つも学ぶことができなかった。残念ながら2017年に放野されたクムドゥンイとデポは死亡したものと推定される。当時、放野の主体だった海洋水産部は白書のひとつも刊行せず、再び似たような条件のピボンイを何のためらいもなく放野した。
今回の事態の最終的な勝者は誰だろうか。数年前に戻ってみよう。
ピボンイ、クムドゥンイ、デポが暮らしていたパシフィックランドは1986年に設立された韓国イルカ水族館の生きた歴史だ。2010年代、チェドリを筆頭にした「イルカ解放運動」が拡散し、イルカショー産業が衰退すると、財界30位圏の湖畔グループは2017年にパシフィックランドを800億ウォン(約84億円)で買収した。最高のオーシャンビューを生かして大規模なリゾートタウンを建設するためだった。では、湖畔にとっては何が必要だっただろうか。イルカたちが早く消えてくれなければならない。しかし、絶滅危惧種のイルカは搬入と搬出が難しい。湖畔の系列会社のパシフィック・リソムは昨年5月、環境部に申告もせず、日本産のハンドウイルカ2頭を密かに巨済シーワールドに送った。
そして水族館に最後に残ったイルカがピボンイだった。海洋水産部と済州市、市民団体などは「ピボンイを放野する」という湖畔と合意してしまった。湖畔はもう水族館を壊してリゾートを建てられるようになったわけだ。海に帰ったピボンイは、依然として消息不明だ。