国民の力のユン・ソクヨル大統領候補は1日、北朝鮮のミサイル発射について「高高度防衛ミサイル(THAAD)を含む重層的ミサイル防衛網を構築し、首都圏と京畿北部地域まで北朝鮮の核ミサイル脅威から国民の安全を確実に守る」と述べた。
ユン候補の外交安保公約を担当する選挙対策本部傘下のグローバル・ビジョン委員会などは、先月31日に記者会見を開き、米国から1兆5千億ウォン(約1430億円)でTHAADを購入し、韓国軍が直接運用すべきと主張した。現在、慶尚北道星州(キョンサンプクト・ソンジュ)に配備されたTHAADは、米政府予算で購入し、在韓米軍が運用している。星州のTHAAD砲台は射程が200キロメートルで迎撃範囲が首都圏に及ばないため、北朝鮮のミサイルの脅威から首都圏の住民2千万人を守るには、THAADを追加配備しなければならないというのがユン候補側の主張だ。
THAAD追加配備の主張をめぐる争点は大きく分けて二つだ。「本当にTHAADが首都圏の住民を守ることができるのか」という軍事的実効性と、米国と中国が激しく衝突している中、THAAD追加配備が国益を守るのに役立つのかの問題だ。
現在のTHAADの技術レベルと北朝鮮のミサイル戦力の質と量、北朝鮮の開戦初期の軍事戦略などを考慮すれば、THAADを追加配備しても首都圏の守護は確信できない状況だ。発射された北朝鮮の弾道ミサイルは、上昇段階-中間段階-終末(下降)段階に放物線の軌跡を描く。北朝鮮が発射した弾道ミサイルが5分以内に韓国に届くほど朝鮮半島の縦深が短く、上昇-中間段階では迎撃のための時間を十分確保できない。そのため、韓国のミサイル防衛網は最終段階の終末段階に集中し、高高度、中高度、低高度にわたる多層防御システムで構成されている。具体的には、パトリオット2(20キロメートル前後の低高度)▽天弓2とパトリオット3(30キロメートル前後の中高度)▽THAAD(50~150キロメートル範囲の高高度)という3重防空網だ。
THAAD配備に賛成する側は、有事の際、北朝鮮のミサイルをパトリオットと天弓2ミサイルの高度で、もう一度防衛する機会があると主張する。THAADはミサイルの終末段階における高高度迎撃に使われる。しかし、北朝鮮が最も多く保有する短距離ミサイルであるスカッドの場合、高高度でなく大半が低高度で飛行するため、THAADで迎撃することは難しい。
北朝鮮が射程の長い中距離ノドンミサイルを鴨緑江(アムノクカン)付近で正常の発射角度より高い高角度で発射すれば韓国国内に落ちるが、この場合は高高度なので、「THAAD」で対応できる。しかし、比較的安価なスカッドミサイルを大量保有している北朝鮮が、あえて高価な中距離ミサイルであるノドンミサイルを、韓国を狙って高角発射する理由はあまりない。
このような指摘はこれまで、米国内の民間専門家や米議会でも行われてきた。米議会調査局(CRS)が2015年4月に発刊した報告書「アジア太平洋地域における弾道ミサイルの防衛:協調と抵抗」は、朝鮮半島におけるTHAADの配備は日本と米国の防衛にはプラスになるが、韓国にとってはあまり役に立たない可能性もあると主張した。同報告書は、韓国が北朝鮮と隣接しているため、北朝鮮の弾道ミサイルが低い軌跡で飛行して数分以内に到着できるとして、このように説明した。
北朝鮮がミサイルと長射程砲を同時に発射する全面戦争の状況で、THAADが北朝鮮ミサイルを完璧に防衛すると期待するのは難しい。THAADは命中効果を高めるために、敵のミサイルを狙って迎撃ミサイルを2発か4発発射する。計48基の迎撃ミサイルで構成された1兆5000億ウォンのTHAAD砲台が阻止できる北朝鮮ミサイルは、最大で24発だ。北朝鮮はスカッドやノドンなど1300発あまりの弾道ミサイルを北朝鮮全域に配備している。
一部では「THAADの軍事的実効性が低くても、ないよりはましだ」と主張する。これはTHAADの追加配備で中国の経済報復など韓国に不利益がない時に可能な話だ。国民の力の選挙対策本部グローバル・ビジョン委員会所属のキム・ヨンヒョン元合同参謀作戦本部長は、中国が反発する可能性は低いとみている。同氏は「2017年(星州に)THAADを配備した際、中国は『在韓米軍がTHAADを配備するため反発する』と言った」とし、「つまり、韓国軍が自主的に自衛権のレベルで購入するTHAADなら、中国も反発する名分がない」と主張した。
韓国がTHAADを購入する場合も、これを運用する際は在韓米軍のミサイル防衛システムと連動するため、中国が「韓国のTHAADは米国のTHAADとは別物」とみなすかは疑問だ。5年前のTHAAD配備で韓中関係が冷え込んだ事例から確認したように、THAADの追加配備は、中国を封鎖するための米国の包囲網に参加するというシグナルを国際社会に発信することを意味する。THAADを追加配備するためには、軍事的効用性だけでなく、南北関係や韓米関係、米中戦略競争など国際情勢などを含む戦略的判断能力、THAAD配備地域の説得といったコミュニケーション能力の裏づけが必要だ。
ある外交安保専門家は「ユン候補は深刻な米中戦略競争の局面で揺れる国際秩序にどう対応するのか戦略的設計図がない」とし、「ユン候補がTHAADをめぐる米中戦略競争のような国際関係の現実を無視したまま、保守層の票を意識してTHAAD追加配備というカードを取り出したのではないかと懸念される」と述べた。