私は全斗煥(チョン・ドゥファン)氏が大統領だった頃、大学に入学した。当時、大学街では「光州虐殺の元凶」の全被告を「殺人鬼」または「愚かなハゲ」と呼んでいだ。全被告が詩人の未堂ソ・ジョンジュ氏と対話する際、漢字の未(み)と末(まつ)を混同して「末堂先生」と呼んだという笑い話が流行るほどだった。全被告が鉄拳統治を強行したため、「愚かなのに力だけは強い」という反感があまりにも強かったからだ。
彼は1980年5・18民主化運動当時、戒厳軍がヘリコプターから射撃するのを見たと証言した故チョ・ビオ神父の名誉を毀損した疑いで、先月30日、懲役8カ月、執行猶予2年の判決を言い渡された。全被告は裁判中、居眠りしている最中でも、主な争点のヘリコプターからの射撃に関する内容には集中するずる賢い態度を見せた。私はそのような全被告の姿を見て「愚かとは程遠い」と思った。
全被告は裁判期間中、3回出廷したが、いずれも裁判中居眠りを繰り返していた。今年4月の裁判で、裁判官が「検察の公訴事実を認めるのか」と尋ねた。居眠りしていた全被告ははっきりとそれを否認した。「私が知っている限り、ヘリコプターから射撃した事実はないと聞いています…大韓民国の息子であるヘリコプター射撃手が、中尉か大尉だと思いますが、そんな無謀なことをするはずはないと、今でも信じています」。90歳でアルツハイマーを患っているという彼が、40年前のヘリコプター操縦士の階級まで具体的に示したのだ。
なぜ全被告は裁判中、居眠りをしていたのに、ヘリコプター射撃の話が出ると、目を覚まして「そんな事実はない」と否定したのだろうか。今回の裁判の争点が、5・18民主化運動中に戒厳軍がヘリコプター射撃したかどうかだったからだ。故チョ・ビオ神父の死者名誉毀損を判断する裁判だが、虚偽の事実を指摘した場合に限り、容疑が認められる。裁判所が5・18当時にヘリコプターから射撃を行なったかどうかをまず判断しなければ、全被告が有罪か無罪かを決められない状況だった。
全被告をはじめとする新軍部は、5・18当時の戒厳軍の発砲を「偶発的なもので、自衛権発動のため」だったといまだに主張している。「戒厳軍が1980年5月に無法地帯になった光州(クァンジュ)の秩序を回復するため、デモ隊を鎮圧する途中、デモが激化し、やむをえず自衛権を発動し、武力を使った」というのだ。ところが、戒厳軍が5月18日に光州市内でヘリコプターから射撃を行ったことが明らかになれば、その事実だけでも自衛権発動の主張は成り立たなくなる。
軍の自衛権行使には厳格な制限要件が伴う。自衛権は、敵対勢力の武力攻撃を阻止・撃退するためにやむを得ない場合に限って認められる(必要性)。武力攻撃の阻止・撃退目的に比例する範囲内で自衛権行使手段は制限されなければならない(比例性)。新軍部側は「戒厳軍がやむを得ず発砲した場合でも生命に別条ないよう下半身下を照準して制圧した」と説明した。自衛権の制限要件を念頭に置いた話だ。
ヘリコプターからの射撃はやむを得ない状況で行われる自衛権の行使とは程遠い。ヘリコプターからの射撃は事前に準備・計画しなければならないためだ。ヘリコプターは離陸前にあらかじめ銃弾やロケット弾などの武装をしなければならない。1980年に光州に投入されたコブラ・ヘリコプター(AH-1J)は、20ミリバルカン砲、2.75インチ・ロケットで、500MDヘリコプターは、7.62ミリ機関銃、2.75インチ・ロケットなどで武装していた。
ヘリコプターからの射撃の破壊力は地上射撃と比べものにならない。自衛権行使要件の比例性とも合致しない。ヘリコプターからの射撃は、広い地域に火力を集中する方式で行なわれ、大量殺傷が発生する。新軍部が武装ヘリコプターを光州に投入し射撃したことは、光州市民を集団殺害する民間人虐殺に当たる。軍事教理の面で、ヘリコプターからの射撃は、敵と交戦中の味方を助ける近接航空支援作戦(CAS)に該当する。ヘリコプターから射撃を行なったというのは、5・18当時、国民の生命を守るべき韓国軍が国民を敵と見なし、無差別攻撃を加えたことを意味する。今回ヘリコプターからの射撃が認められたことで、全被告が40年以上主張してきた自衛権論理が根こそぎ崩れた。今回の判決は1988年の国会「光州聴聞会」以来、長い間争点だった5・18ヘリコプター射撃を司法府が認めたという点で意味が大きい。
全被告は今回の判決にもかかわらず、ヘリコプターから射撃が行われた事実を絶対に認めないだろう。彼は最近もゴルフを楽しみ、抗議デモ隊に罵声を浴びせるなど、健在ぶりを見せつけた。しかし、彼に残された現世の時間はさほど長くない。5・18に最も大きな責任がある全被告は、国民と被害者に謝罪しなければならない。これ以上遅くならないうちに、けじめをつけてほしい。