「東京で日本の外交・安保の専門家たちと会うたびに、耳にタコができるほど訊かれた質問は『韓国は中国と日本のどちらの側か』ということだった」
2013年秋から今年の3月までハンギョレ東京特派員を務めたキル・ユンヒョン記者が、その間に『自ら見て、感じて、取材した経験を基に、安倍政権をわかりやすく説明してみるという目的意識』で書いた『安倍は何者か』で打ち明けた話だ。韓国は今、THAAD(高高度防衛ミサイル)配備以後に中国人からもまったく同じ質問を受けている。韓国はどこへ行くのだろうか。いや、行くべきなのだろうか。
著者は、朴槿恵(パク・クネ)政府以後に一層こじれた韓日関係も、その不和の始まりは「慰安婦問題」だったが、その底辺または内側にかくれているのは「いつでも中国側についてしまいかねない韓国に対する日本の“戦略的不信”」にあると見る。「韓国が日本の影響から離れて行けば、日本の防衛線は1876年の江華島(カンファド)条約以後初めて韓日海峡に後退してしまう。これは19世紀末以後、日本が一貫して推進してきた朝鮮半島政策が150年余りの歳月を経て巨大な失敗に終わることを意味する」。最近、安倍晋三政権をはじめとする日本の主流は、この防衛線、明治時期の実力者である山県有朋(1838~1922)の言葉を借りれば朝鮮半島の確保を前提とした“利益線”を守ることに全神経を集中しているようだ。韓国はこれにきちんと対処しているだろうか? そうは見えない。韓国政府は米日同盟に抱え込まれ、日本と軍事情報保護協定を締結するなど「強化された米日同盟の下位のパートナーとして丸め込まれて」主体的対処能力を失っているというのが著者の考えのようだ。
この本は、安倍の思想的根源、成長と執権・再執権の過程、そして改憲、“慰安婦”、日本人拉致問題、米日・中日関係、アベノミクスなどをあまねく見回す。著者も指摘しているように、安倍が主導してきた自民党の憲法改正草案と、安倍内閣の大多数の閣僚が会員である日本最大の右翼組織“日本会議”設立主旨文などを見れば、「彼らが夢見る望ましい日本社会の姿は、天皇を中心に日本が世界に向けて威勢をふるっていった明治時代の日本」だ。第1次安倍内閣の直前、彼が書いた『美しい国へ』も、天皇を中心に、西欧個人主義を不穏視し、日本伝統の家父長制家族と国家を重視する過去への回帰を指向する。彼の理念・思想の土台である彼の母方の祖父である岸信介元首相時代の日本、より具体的には東条英機戦時内閣で商工相・軍需次官を務めたA級戦犯被疑者の岸が夢見た日本に近い。
『“国体の本義”を読む』は、そのような安倍精神世界の根元を見せる。この本は、1937年に日本文部省が編纂した『国体の本義』と日帝時代の教育勅語と軍人勅諭を翻訳し、そこに翻訳者である韓南大学のヒョン・ジンウィ教授との東京大学の高橋哲哉教授が解説を付けたものだ。『国体の本義』第1章第1節はこのようにして始まる。「大日本帝国は、万世一系の天皇皇祖の神勅を奉じて永遠にこれを統治し給ふ。これ、我が万古不易の国体である。而してこの大義に基づき、一大家族国家として億兆一心聖旨を奉体して、克く忠孝の美徳を発揮する」
『国体の本義』が発刊される前年に商工省の官吏であった岸は、日帝の傀儡国家である満州国に派遣され、3年余りにかけてそこの総務庁の実力者として満州国建設の下絵を描き、当時日帝関東軍の参謀長だった東条英機らと厚い人脈を形成する。その前年の1936年に皇道派青年将校が起こした2・26クーデター以後、天皇の絶対権が強化され天皇直属の軍部は制御装置なき対外侵略機関になって暴走する。その翌年に『国体の本義』が発刊され、中日戦争が始まった。
「神功皇后が新羅に出兵し給ひ(…)近くは日清・日露の戦役も、韓国の併合も、又満州国の建国に力を尽くさせられたのも、皆これ、上は乾霊授国の御徳に応へ、下は国土の安寧と愛民の大業をすゝめ、四海に御稜威を輝かし給はんとの大御心の現れに外ならぬ」。対外侵略も植民支配も天皇の恩恵と賛え、反対者は重刑に処し、消極的な同調者は差別し蔑視した“国体”の本義とはすなわち「日本は天皇の国家という話」(高橋)だ。日本は敗戦の危機に陥っても軍国日本の第1教義であったこの国体を守護するという約束を取り付けるために「無条件降伏」を要求したポツダム宣言の受諾を3週間も先送りし、原爆投下の悲劇を自ら招来した。もう少しだけ早く受諾してさえいれば原爆投下はなかったかもしれず、ソ連軍の対日参戦も朝鮮半島分断もなかったかもしれない。
解説者の指摘のとおり、今回初めて韓国語に翻訳されるこの虚構的・神話的統治談論である『国体の本義』は、過去に実際に実行されただけでなく、未だ終わっていない現在進行形だ。最大300万部以上が配布され、軍国日本の戦争遂行の教本の役割をしたこの本は、今さまざまな形で復活している。安倍が言う「美しい国」という言葉からして『国体の本義』に出てくる「豊葦原の瑞穂の国」(豊かに葦が茂り永遠無窮に稲穂が実る国という意味。日本の美称)から取ってきたものだ。彼の改憲草案と復活した「教育勅語」、治安維持法を想起させる共謀罪法の中にも“国体”は生きている。その言説は安倍だけでなく大多数の政治家と前現職の官僚ら、財界・学界・文化界の人々により語られている。国体を信奉する「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書は、2001年当時は学校採択率0.034%だったが、2015年には6%に急上昇しており、大衆用の市販本は70万部以上が売れた。こうした日本の新民族主義転換期に、韓国は自分の戦略を持っているだろうか?