尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領が就任してから、大韓民国はより安全になったのか。朝鮮半島で暮らす人々は、夜は安心して眠りにつき、昼間は心穏やかに仕事に取り組めるようになったのか。2019年の朝米首脳会談が決裂して以来、米国はより安全になったのか。韓米同盟が強化され、韓日関係が改善されたというが、韓米日は安心して暮らせる国になったのか。北東アジアはさらに平和になったのか。次々と湧いてくる疑問だ。
まず、北朝鮮の軍事力は強化されており、攻撃的な態勢を取っている。北朝鮮は2019年以降、恐ろしいほどのスピードと集中力をもって新たな兵器システムを開発・実験・配備している。米国を狙った戦略核兵器、韓国を打撃できる戦術核兵器、日本とグアムなどを射程距離に収める中距離核兵器まで「三種セット」をすでに手に入れた。これらの実戦配備に続き、実際に使用を想定した練習まで行っている。必要なら、核兵器を先制的に使用するという戦略を法制化し、軍事作戦の「総的(総体的な)目標」が「南半部全領土を占領」にあるとまで公言している。
中ロには中身のない原則論のみ
尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権の対応策は韓米同盟の強化と韓日関係改善だ。ワシントン宣言で、米国から拡大抑止を強化するという約束を取り付けた。北朝鮮が核兵器で韓国を攻撃した場合、米国は核兵器で北朝鮮に報復するというのは古くからの約束だった。何十年来の約束を新しいものに見せるため、いくつかの装置が加えられた。核協議グループ(NCG)が作られ、米国の戦略原子力潜水艦と同じ「戦略資産」が朝鮮半島に頻繁に姿を現した。しかし、拡大抑止の強化の勢いに押されて北朝鮮が軍事活動を控えたという話は聞こえてこない。むしろ米国のこのような動きは、その度に北朝鮮の「挑発」の引き金となり、軍事的緊張状態の激化を招いている。
同盟に「全賭け」するだけは足りないと判断したのだろうか。尹錫悦政権は韓日関係改善にも誠意を尽くした。「慰安婦」問題、強制徴用問題、さらには核汚染水問題などで「(日本側が望むものなら何でも)差し出す外交」で一貫した。さらに、独島(トクト)が韓国領土という原則的な立場を明確に掲げているのかも定かではない。その誠意が通じたのだろうか。岸田文雄政権を動かして韓日首脳会談を実現させ、その勢いに乗り韓米日首脳会議でキャンプデービッド合意を発表するに至った。ところが、3カ国の軍事訓練の定例化が決まったにもかかわらず、北朝鮮は萎縮するどころか、より攻勢的に出ている。これからは「海軍の戦闘力を急速に向上」させるとして、むしろ戦線を拡大している。
尹大統領は3カ国の連携に加え、中国をも引き込んで北朝鮮を孤立させることを望んでいるようだ。4日に公開されたAP通信とのインタビューで、尹大統領は「北朝鮮の対中経済依存度を考えると、中国は北朝鮮に対して相当な影響力を持っているものとみられる」と期待をにじませた。「安保理常任理事国として国際社会の平和と安定を維持する責任がある中国としては、北朝鮮の非核化に向けて、当然、建設的な努力を傾けなければならない」という本音も明かした。しかし、このような原則論を現実化するための戦略と戦術は見当たらない。中国はすでに国連安全保障理事会で対北朝鮮制裁に拒否権を行使しているのに、このような原則論だけで中国を説得できると思っているのだろうか。
尹大統領はロシアにも望むところがある。6日、インドネシアのジャカルタ・コンベンション・センターで開かれた「韓・ASEAN首脳会議」での非公開の発言で、「国際社会の平和を損ねる北朝鮮との軍事協力の試みは直ちに中断されなければならない」とし、「いかなる国連加盟国も違法武器取引禁止など国連安全保障理事会が規定した対北朝鮮制裁の義務を破ってはならない」と述べた。金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長が来週ロシアを訪問し、ウラジーミル・プーチン大統領と会って武器取引などに乗り出すとみられる中、ロシアにも原則論を掲げたのだ。すでに国連安保理で対北朝鮮制裁に反対しているロシアが、このような発言で立場を変えるとでも考えているのだろうか。
米国と日本には「差し出す外交」でコミットメントを取り付けるため総力を挙げていたのに、中国とロシアには原則論の一言で行動の変化を期待しているのだろうか。対北朝鮮制裁はすでにその北側に穴が開いているのに、中国とロシアを牽引しようとする戦略も、戦術も見えてこない。
北朝鮮、米国の弱点を狙う
むしろ北朝鮮の方が先手を打っている。中国とロシアの高官を平壌(ピョンヤン)に呼び込み、関係を深め「やりとり」できるものを真剣に模索している。2019年12月末の労働党全員会議で打ち出した「正面突破戦」だ。北朝鮮はコロナ禍の時期には制裁と封鎖を自らの力で突破するとし、国境を固く閉め、前例のない自立経済を追求した。今や国際情勢の変化の中で、中国とロシアを「正面突破戦」にうまく巻き込んだ。「逆攻」の段階だと判断したのだろうか。米国の弱点と思われる部分に触れ始めている。
北朝鮮が4月と7月に発射実験を行った「火星砲18」は固体燃料を利用した大陸間弾道ミサイル(ICBM)だった。発射準備時間が短く、移動式ミサイル発射台(TEL)でも運用が可能なため、米国の監視偵察を無力化する潜在力を持っている。それだけでなく、テッド・ポストル氏をはじめとする米国専門家たちは、このミサイルが最大3つの核弾頭と多数の模擬弾頭を搭載できるとみている。米国は現在、アラスカに地上配備ミサイル防衛システムを設置し、北朝鮮や中国から発射されたミサイルを迎撃する態勢を整えているが、火星砲18はこのミサイル防衛システムも無力化できる。核弾頭と模擬弾頭が飛行し始めれば、米国は保有している迎撃ミサイルを使い果たしてもすべてを迎撃することはできないためだ。尹錫悦政権がワシントン宣言とキャンプデービッド合意に喜んでいる間、北朝鮮は米国に核戦略の見直しを迫る状況を作っているのだ。そこから一歩進んでいるのだろうか。
5日、米国の国家安保会議(NSC)と国務省、国防総省はブリーフィングで一斉に「北朝鮮がロシアに武器を供与すれば、安保理決議違反に当たる。それには代償が伴うだろう」というメッセージを出した。朝ロ首脳会談が本当に開かれるかどうか、その会談で武器供与が合意されるかどうかが分かるまでは、あと数日待たなければならないだろう。一方、米政府とマスコミが早くから大騒ぎしたことで、米国の弱点がどこなのかはすでに明確になってしまった。このような状況で、皆さんは心安らかに過ごせますか?