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「国益より価値」説教ばかり…宗教化した外交に振り回される「朝鮮半島の地獄の門」

登録:2023-09-11 06:20 修正:2024-05-20 11:32
ソン・ハニョン先任記者の「政治舞台裏」 
 
尹大統領の日米密着「価値観外交」 
1980年代の「三角安保体制」に類似
尹錫悦大統領が9月1日、ソウル瑞草区の国立外交院で開かれた国立外交院60周年記念式で祝辞を述べている=大統領室提供//ハンギョレ新聞社

 最近発表される大統領の職務に対する評価を問う世論調査には、興味深い点が一つあります。肯定的に評価する人も否定的に評価する人も、最も大きな理由として外交・安保をあげているのです。

 6日に聯合ニュースが発表した定例世論調査を確認すると、尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の職務遂行を支持する人の51.2%、支持しない人の28.2%が「外交・安保」を第1の理由としてあげています(中央選挙世論調査審議委のウェブサイト参照)。

 こうした現象は、尹大統領が政治・経済などの国内事案よりも外交・安保、特に韓米日協力体系の強化に力量を集中していることと深い関係があるようです。尹大統領は昨年7月のNATO首脳会議出席、9月の英国女王の葬儀参列や国連総会での基調演説、今年4月の米国国賓訪問、8月のキャンプデービッドでの韓米日首脳会談など、派手な動きを続けています。

 尹大統領の外交・安保政策、特に韓米日協力体系の強化に対する民意の評価はどうでしょうか。聯合ニュースは世論調査でこのことを尋ねています。「韓米日首脳会談の結果は朝鮮半島の安保に役立つと思うか」との質問には、「役立つと思う」との回答が45.1%、「役に立たないと思う」が44.8%でした。肯定評価と否定評価が拮抗(きっこう)しているのです。

尹大統領と国民の認識のかい離

 少しおかしいとは思いませんか。韓米日協力体系を強化すれば、安保には当然役立つと考えるのが常識ではないでしょうか。役に立たないという答えが一体なぜこんなに多いのでしょうか。

 単に尹大統領の職務に対する評価が低いから、外交的成果がきちんと評価されていないのかもしれません。しかし私は、根本的に異なる理由があると思います。尹大統領と多くの韓国国民との間には、外交・安保について大きな見解の相違が存在するのです。

 9月1日、尹錫悦大統領は設立60周年を迎えた国立外交院を訪れ、爆弾発言をしました。4日前に与党「国民の力」の議員研さん会で発した「実用ではなく理念が重要だ」という発言に劣らない爆発力でした。

 「韓国の自由は絶えず脅かされています。いまだに共産全体主義勢力とその日和見主義的追従勢力、そして反国家勢力は、反日感情を扇動し、キャンプデービッドで導き出された韓米日協力体系が大韓民国と国民を危険に陥れるかのように糊塗しています。私たちは自由、人権、法治の普遍的価値観を共有する国、そして規範にもとづいた国際秩序を尊重する国々と共に、安保と経済、情報と先端技術の協力ネットワークを強固に構築しなければなりません。外交路線の曖昧さは価値観と哲学の不在を意味します。相手に予測可能性を与えない外交は、信頼も国益も決して得られないでしょう。国立外交院は、韓国の外交官が明確な価値観、歴史観、国家観にもとづいて外交を遂行できるよう、羅針盤役を務めなければならないと考えます」

 要するに「米国、日本と確実に手を組み、共産全体主義勢力との戦いに勝たなければならない」という注文です。「国益より価値観が重要だ」という主張です。驚きです。この発言が正しいのなら、国際政治学の教科書を書き直さなければなりません。

 尹大統領は「価値観外交」と「韓米日協力体系」によって自らが国を救ったと考えているようです。米国訪問後の8月21日の国務会議では「キャンプデービッド3カ国首脳会談を契機として、韓米日協力の新たな時代が切り開かれた」と述べています。「韓米日3カ国の協力と共同利益の追求は、私たちだけの排他的なものではなく、普遍的で正義あるものだ」とし、「インド太平洋地域のすべての国民と人類全体の自由、平和、繁栄に寄与する。それはまさに3カ国の共同利益に合致するものだ」と述べています。政治家の発言ではなく、宗教指導者の説教のようです。

尹錫悦大統領が8月18日(現地時間)、メリーランド州にある米大統領の別荘キャンプデービッドでの韓米日首脳会談の終了後、共同記者会見で発言している。左から尹大統領、バイデン大統領、岸田首相=キャンプデービッド/聯合ニュース

李承晩・朴正熙も時には日米と対立

 しかし、韓国国民は尹錫悦大統領とは異なり、外交・安保に対してはるかに柔軟で現実的な目を持っています。19世紀末に朝鮮半島周辺の列強の争いに巻き込まれて国を失ったという、凄惨な経験で体得した知恵でしょう。

 1905年の桂タフト協定で、米国は韓国を日本に売り渡しました。1945年のヤルタ会談では、米英ソは朝鮮半島の信託統治について話し合い、その結果、南北は分断されました。

 解放後、韓国ではしばらく「米国の奴らを信じるな、ソ連の奴らにだまされるな、日本は立ち上がる、朝鮮人は気をつけろ」という民謡が流行していました。短い歌詞には「永遠の友もいないし永遠の敵もいない」という国際政治の冷酷な道理を見抜いた民衆の知恵が染み込んでいます。

 韓国の歴代大統領たちは、周辺大国との関係が最大の悩みの種でした。たいていは、大韓民国の国益を守るためには周辺大国との衝突や摩擦も辞さないというものでした。李承晩(イ・スンマン)、朴正熙(パク・チョンヒ)などの独裁者も同じでした。彼らも厳然たる大韓民国の大統領だったからです。

 李承晩大統領は親日官僚を重用し、反民特委(反民族行為特別調査委員会)を解体したことで批判されました。しかし、彼のアイデンティティーは日帝に抗して闘った独立運動家でした。在任中つねに日本に対して超強硬路線を取りました。

 李承晩大統領はハリー・トルーマン、ドワイト・アイゼンハワーら米国の大統領とも険悪な仲でした。米国の言うことを聞かなかったからです。米国はこの時から韓国と日本の軍事協力を求めていました。

 米国が朝鮮戦争初期に日本の軍隊を連れてくるべきだと提案すると、李承晩大統領は「そんなことをすれば共産軍ではなく、まず日本軍と戦う」と強く反対しました。独島(トクト)海域を守るために「李承晩ライン」を宣言し、これを侵犯する日本漁船は拿捕(だほ)しました。

 1954年の韓米首脳会談では、アイゼンハワー大統領が日本との国交正常化を強く求めましたが、李承晩大統領は断固として拒否しました。米国はこのような李承晩大統領を排除する計画を立てたこともあります。

 クーデターで政権を握った朴正熙大統領は、経済開発に必要な資金を確保するため、1965年に日本と国交を樹立しました。国内では1964年から強い反対世論が巻き起こりました。

 朴正熙大統領は怒る民意をなだめるため、南大門区(ナムデムン)から中央庁に至る中間緑地帯に安重根(アン・ジュングン)、孫秉熙(ソン・ビョンヒ)、金九(キム・グ)、安昌浩(アン・チャンホ)、尹奉吉(ユン・ボンギル)、金佐鎮(キム・ジャジン)ら反日闘士の石こう像を建てました。国交正常化後の1968年には光化門に李舜臣(イ・スンシン)将軍の銅像を建てました。この内容は最近オーマイニュースが「キム・ジョンソンのヒ、ストーリー」で詳しく報じています。

 朴正熙大統領は人権弾圧や在韓米軍撤退問題で米国と仲が良くありませんでした。パク・トンソン氏に米国の政治家に対するロビー活動をさせたところ、「コリアゲート」事件が起きました。朴正熙大統領は在韓米軍の撤退に備えて自主国防を開始するとともに、核兵器の開発を試みました。

 米国はそのような朴正熙大統領を嫌っており、朴正熙大統領も米国を嫌っていました。朴正熙大統領は私的な席で「米国の奴ら」という表現をよく使っていたといいます。

5・18光州民主化運動での死者に対する名誉毀損容疑で起訴された全斗煥氏が2019年3月11日、光州地裁での公判後、法廷から出てきている。彼は死去するまで自らの過ちを認めなかった=共同取材写真//ハンギョレ新聞社

神の一手なのか、地獄の門を開けたのか

 全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領は少し違っていました。米国との関係はとても良好でした。ロナルド・レーガンの対ソ連強硬政策に積極的に協力しました。戦術核兵器を配備し、韓米合同軍事演習「チームスピリット」を強化しました。在韓米軍の駐留費用負担も大幅に増やしました。

 日本との関係も良好でした。中曽根康弘首相と緊密な関係を保ち、1983年に安保協力借款名目で40億ドルを引き出してもいます。回顧録にこんな内容があります。

 「韓国は共産陣営の2大主軸であるソ連、中共と地理的に向かい合っており、東西冷戦の前哨(ぜんしょう)のような位置にあった。韓国の生存と安全を守りつつ国の発展を成し遂げるための戦略も、そのような認識の上から出発しなければならなかった。外交政策の最優先課題は、盟邦との協力関係の強化にならざるを得なかった」

 「米国とともに太平洋国家として共産圏に対する共同安保協力体制の一軸を成している日本との協力関係を強化すれば、いわゆる『韓米日三角安保体制』が強固になることで、北朝鮮の挑発を抑止することはもちろん、北東アジア地域の平和維持にも大きく貢献できるだろう」

 こうしてみると、尹錫悦大統領の対米対日関係は李承晩、朴正熙両大統領とは非常に異なっており、全斗煥大統領とよく似ているようです。全斗煥大統領は「韓米日三角安保体制」を、尹錫悦大統領は「韓米日協力体系」を構築しました。時代状況が似ているからでしょうか、それとも同じ理念を持っているからでしょうか。

 まとめます。キャンプデービッド韓米日首脳会談で構築された3カ国の包括的協力体系は、尹錫悦大統領の豪語するように「韓国の安保をより強固に」するとともに、「大韓民国の未来の成長動力の確保と良質な高所得雇用の創出に大きく貢献」する「神の一手」となるでしょうか。

 それとも、長老知識人たちの懸念するとおり「東アジアにおいて米国・日本・韓国と中国・ロシア・北朝鮮との関係を対決構図となし、朝鮮半島において南北の緊張を極端に悪化させる」事態へと突き進むことになるのでしょうか。

 金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長がロシアでプーチン大統領と会談し、通常兵器を提供する見返りとして衛星や原子力潜水艦の技術の提供を受けるということです。韓米日に対抗して朝中ロが合同で軍事演習を行う可能性があるといわれています。

 心配です。尹錫悦大統領は地獄の門をこじ開けたのではないでしょうか。そうではないことを切に願います。みなさんはどう思われますか?

ソン・ハニョン|政治部先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/politics/politics_general/1107812.html韓国語原文入力:2023-09-100 07:30
訳D.K

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