振り返ってみると、キムチチヂミが最も難しかったという。調理師と栄養士はいつも給食調理員に、キムチチヂミは薄く焼けと言った。給食調理員はその指示に従わざるを得なかった。熱い鉄板に数百枚のチヂミをぎゅうぎゅうと押しつけていると、指先から肩まで節々が痛んだ。
ゴム手袋の中に厚い軍手をはめていても、チヂミが焼ける鉄板の熱気は徐々に伝わってきて手までもが焼けるようだ。熱気を冷ますために窓を少しでも開けようものなら「風で炎が安定しないからダメだ」という言葉が返ってきた。
チヂミや揚げ物がメニューにある日には、調理室には料理による煤煙(ばいえん)が雲のように立ち込めた。もうもうとした煙には強い洗剤のにおいも混じっていた。油汚れのついた調理器具を洗浄するために水で溶かした「薬品」のにおいだ。
このような日には早退する同僚が多かった。煤煙と薬品が混じった煙をたっぷりと吸い込んだ彼らは、頭が痛くて吐きそうだと言って病院へと向かった。
「がんになりそうだ」冗談だったのに…
「チヂミを焼きながら冗談で言ったんです。『こんなににおいを嗅いだらがんになりそうだ』、『私たちは長く生きられないね』って。冗談でそんな話をしていたのに、本当に肺がそうなりました」
学校給食室に25年間勤めてきたイ・ミスクさん(仮名)は、昨年3月に肺がん判定を受け、今年5月に労災を申請した。全国17市道の教育庁が給食従事者4万2077人に対して肺検診を実施した結果、異常所見者は1万3653人にのぼった。このうち肺がんの疑い、あるいは肺がんとの判定を受けたのは341人。
給食従事者の肺に問題を起こした原因としては「料理ヒューム(cooking fumes)」があげられる。料理ヒュームとは、高温の油を使う調理で多く排出される一種の粒子状物質だ。調理で生じる粒子状物質はそれ自体も発がん物質だが、ホルムアルデヒドや多環芳香族炭化水素(Polyclic Aromatic Hydrocarbons、PAH)のような有害物質も含まれている。
国際がん研究機関は、料理ヒュームを肺がんのリスク要因として分類している。勤労福祉公団職業環境研究院のキム・デホ業務関連性評価部長(職業環境医学科専門医)は「調理期間が長い、料理ヒュームの濃度が高い、換気設備がないなどのケースでは、肺がん発生リスクが一貫して高いことが知られている」と述べた。
料理ヒュームは学校給食室だけの問題ではない。労働環境健康研究所のイ・ユングン所長は「熱を用いて食材を調理する職業は、ほとんどが(学校給食室と)同じ現象が起きていると思う」と語った。
学校「外」の死の厨房
昨年5月に肺がんで亡くなったオ・ジョンホンさんは、経歴13年のベテラン料理人だった。オさんが勤めていたウェディングホールの調理室は、換気がしづらい場所だった。地下にある調理室の換気設備は、扇風機と窓しかなかった。それさえもきちんと活用できていなかった。換気をすると、上の階で働く職員たちが熱気が上がってくると不平を言ったからだ。
調理室にたまった油の煙は、丸ごと彼の体に吸収された。仕事から帰って家で服を脱いでも油のにおいは消えなかった。出勤時も、油を体に巻いているような感覚は相変わらずだった。地下鉄に乗ると、なんとなく周りの人々が避けているような気がした。彼は鼻先にとどまっている油のにおいを消し去りたかった。「タバコを吸えば少しはましだよ」。会社の先輩はタバコを勧めた。タバコを再び吸いはじめたのはそのころだった。
オさんは熱い油の前を離れることができなかった。職歴の浅い頃は仕方なく、ある程度経歴を積んでからは責任感のためだった。他の人々は油でやけどしたくないから、体ににおいがつくのがいやだから揚げ物料理を敬遠した。「自分がやれば済むこと」と思っていたオさんは、そこで数多くの酢豚と魚のフライを作った。
数年後、もはや油のにおいに耐えられなくなった彼は職場を離れた。しかし在職中に吸い込んだ料理の煤煙は、肺に回復できない傷を残した。オさんは2018年12月に肺がんのステージ4診断を受け、昨年7月に亡くなった。その日、彼は肺がんで労災が承認された。
専門家は、給食室だけでなく調理労働の現場の至る所に料理ヒュームのリスクがひそんでいると指摘する。国際聖母病院職業環境医学科のリュ・ジア教授は「社会全般的な飲食業従事者の中でも、高危険群を発掘しなければならない」と述べた。特に問題が深刻だと指摘されるのは中華料理店、チキン屋などの揚げ物料理を多く調理する零細事業所だ。
嶺南大学病院予防医学教室のサゴン・ジュン教授(職業環境医学科長)も「揚げ物料理は体に有害だが、町ごとにある中華料理店の料理長は推して知るべし」、「チキン屋など(の零細事業所)に(料理ヒューム)問題を広めていかなければならない」と語った。
「排気フード」の方向を変えるだけでも
料理ヒュームのリスクはどうすれば軽減できるのだろうか。現実的にみて、料理ヒュームを完全に厨房からなくすことは不可能だ。だが換気設備をきちんと整えれば、調理室の労働者が料理ヒュームにできるだけさらされないようにすることはできる。リュ教授は「職業性がんは有害因子にさらされるのを減らせば予防が可能だ」と強調した。
専門家は、換気システムの最優先の目的が「熱を外に逃がす」から「労働者の保護」へと変わらなければならないと提案する。
普通の排気フードは調理台に垂直に、労働者の頭上に設置されている。熱を効率的に排出することはできるが、料理ヒュームが労働者の鼻と口に入らざるをえない構造だ。だが排気フードを壁に配置すれば、かなりの量の料理ヒュームを労働者の呼吸器を経ずに外へ出すことができる。昌原大学産業工学科のキム・テヒョン教授は、「できれば斜め方向に、壁側に(料理ヒュームを)向かわせれば、吸引ははるかに減る」と述べた。