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[寄稿]労働者の命が安全設備よりも安い国

登録:2020-12-22 03:08 修正:2020-12-22 08:06
イ・ジュヒ|梨花女子大学社会学科教授

 1970年代に米国の自動車会社フォードが作ったピントという車には欠陥があった。後部に衝突すると燃料タンクが爆発し、人命被害を引き起こすという致命的な欠陥だった。フォード社の内部報告書によると、事故による1人の死者の人命価値は20万ドル程度で、毎年180人程度が死亡していたので、問題を解決した場合、3600万ドルのコストが発生すると予想された。一方、道路上にある1250万台の自社の車をすべて回収して問題となる部分を直すコストは1台当たり11ドルで、総コストは1億3700万ドルにのぼった。フォード社は、費用便益分析の末、欠陥を直すよりも自社の車に乗って死亡した人に賠償した方が合理的だと判断した。そのため修理は行わなかった。

 韓国において労災がこのように多く発生するのも、費用便益分析の末、企業が独自に合理的な判断を下しているからだ。労働者が仕事中に死んでも、企業が支払わなければならない罰金の方が安全設備に投資するより安いから、安全な労働環境を提供するのではなく、摘発されたら手っ取り早くわずかな罰金を払ってしまうことを選択しているのだ。

 ピントの欠陥はなぜ発生したのだろうか。60年代末、米国の自動車メーカーは小型自動車市場で日本とドイツのメーカーに脅かされていた。1971年までに市場に投入するために、フォードはピントの製作期間を通常の3年半から2年へと短縮し、その過程ですでにピントの燃料タンクの安全性に問題があることを発見していたが、修正なしにオリジナルのデザインどおりで生産を急いだ。

 利潤追求を最優先にしたうえに急いでしまえば、建物も崩れ、橋も落ちる。全世界を驚かせた圧縮的な経済成長を通じて、何でも早く作ることに、あるいは建設することに慣れてしまっている韓国企業の運営方式には、労働者の安全に対する考慮が入るわずかな隙も存在していない。

 資本主義社会において企業が利潤追求に邁進することが当然であるなら、国が国民を保護するために最善を尽くさなければならないのも当然だ。フォード社の強力なロビー活動により、数年にわたって安全基準を厳格に執行していなかった米国道路交通安全局も、強化された基準を1976年に提示し、フォード社も1971年から1976年までに生産されたすべてのピントをリコールせねばならなかった。また、死傷者とその家族が起こした多くの訴訟で、裁判所はフォード社に対し、犠牲者への損害賠償だけでなく、かなりの金額の懲罰的な損害賠償金を支払うよう命じた。

 故ノ・フェチャン議員が代表発議した重大災害企業処罰法は法制司法委員会で眠っていたが、第21代国会で再び目覚める機会を得ている。財界が主張するように、労災に対する処罰水準がすでに世界最高なのにもかかわらず、韓国が世界最高水準の労災死亡者発生国だとすれば、それはおそらく司法府がきちんと処罰してこなかったからだろう。企業間の元請・下請の重層構造のせいで、事故防止と安全に対する責任を最も大きく負うべき元請の大企業が、その責任を根元から免除されるためだろう。元請を含め、事故の責任を負うべき全ての企業にとって、事故防止の方が事後賠償より合理的な選択となるように処罰の実効性が強化された法が作られれば解決される問題だ。

 最も多くの事故が起きている50人未満の小規模企業に対して、法の施行を4年も猶予すべきだろうか。韓国の労働法は最も困難な労働者を最も保護しない。彼らは国会議員とも高位公務員とも親交を結ぶことが難しいため、企業のようにあらゆる手段を動員して困難を訴えることもできない。もし国会議員や高位公職者の息子や娘が労災に脆弱な零細企業で働いていたとしたら、彼らが仕事中に死ぬ可能性があるにもかかわらず、同法の効力を弱めたり、長い猶予期間を設けようというような意見がはたして出るだろうか。この法律だけは、どうか企業よりも、仕事中に転落死したり、挟まれて死んだり、手足を失ったりする労働者を第一に考えてほしい。企業が合理的であるだけでなく倫理的な選択をするよう規制しなければならない。もう二度とキム・ヨンギュンなきキム・ヨンギュン法は見たくない。

//ハンギョレ新聞社

イ・ジュヒ|梨花女子大学社会学科教授 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/975191.html韓国語原文入力:2020-12-21 14:36
訳D.K

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