アラスカ南東部グレイシャー湾に浮かぶプレザント島にオオカミがやって来たのは、2013年のことだった。成体のメスとオス各1頭が60キロあまり離れた本土から泳いでやって来たのだ。
面積52平方キロメートルのこの無人島には、健康なシカの群れが住んでいた。シカを狩ってオオカミは繁殖し、2017年には家族を13頭にまで増やしたが、シカは93%がいなくなった。
主な獲物であるシカが枯渇した後も、驚くべきことにオオカミは飢え死にはしなかった。回復した海の捕食者であるラッコが新たな主食になったからだ。
米アラスカ州魚類野生生物局の野生動物研究者、グレッチェン・ロフラー氏らは2015年から2020年にかけて、この島と近隣の本土のオオカミの群れに対する排泄物のDNA分析、GPSによる移動経路調査によって、このような事実を明らかにした。
2015年には、シカはオオカミのエサの75%を占めていたが、2017年には7%にまで急激に減少。代わりにラッコの割合は57%に拡大した。このような状態は研究が終了した2020年まで保たれた。ラッコが陸上の捕食者の主なエサになったのが確認されたのは今回が初。
研究に参加した米オレゴン州立大学のタール・レビ教授は、同大学の報道資料で「ラッコは海岸生態系においては名高い捕食者であり、オオカミは陸上で最もよく知られた最上位の捕食者だ。ラッコがオオカミの最も重要な獲物になったというのは本当に驚くべきこと」だと語った。
ラッコは19世紀から20世紀にかけて毛皮を得るために狩りの対象となり、この地域では絶滅していたが、ここ数十年で回復に成功した。オオカミは絶滅は免れ、保護措置が始まると増えた。両捕食者の個体数が増加したことで生息地の一部が重なり、捕食者同士の新たな関係が生まれたのだ。
研究者たちがオオカミの群れの移動を追跡したところ、島と本土との交流は全くなかった。30日間の現場研究で研究者たちは、オオカミが28匹のラッコを狩った証拠を確認した。
ロフラー氏は「狩りの現場を見て回って分かるのは、オオカミはすでに死んでいる、もしくは死にそうなラッコを食べる掃除屋ではなく、積極的な狩人だということ」だとし「オオカミはラッコを追いかけて襲い、陸に引き上げて食べる」と語った。
ラッコは主に海に浮かんで貝やカニなどを狩るが、ホホジロザメやシャチのような捕食者に追われた時や暴風が吹き荒れている時に、また休むために、海岸近くの浅い場所に来たり、引き潮で水上に現れた岩に登ったりする。研究者たちは、オオカミがこの時を狙ってラッコの退路を防ぐ役、襲う役などの役割分担をして協同で狩りをする様子を目撃した。
プレザント島の事例は、小さな島ではオオカミのような大型の捕食者は生息できないという通念を覆した。1960年にアラスカのコロネーション島で行われた古典的な実験がその根拠だった。
面積73平方キロメートルでシカが住むこの島にはオオカミが導入された。シカを狩ることで群れを13頭まで増やしたオオカミは、シカを食べ尽くした後は飢えた仲間が共食いし合い、1頭だけが残り、遂には絶滅した。
オオカミがやって来てわずか8年で、シカとオオカミの群れは順に崩壊した。しかしプレザント島では、ラッコのおかげでオオカミは8年も本土の他の生息地より高い密度を保ちながら繁栄していると研究者たちは語った。
研究者たちは「この島のオオカミが生き延びるためには毎年90匹のラッコを食べなければならないが、この地域のラッコ集団は大きいため影響は微々たるものだ」と論文に記している。回復したラッコの個体数が増えると、本土のオオカミもラッコを狩りはじめたという。両捕食者が回復したことで、途切れていたかつての食物連鎖も蘇ったと研究者たちは述べた。同研究は24日付けの米国科学アカデミー紀要に掲載された。
引用論文: Proceedings of the National Academy of Sciences, DOI: 10.1073/pnas.2209037120