韓国政府は、大雨災害による惨状を呈した半地下の家に対して「サンセット制度」(10~20年の猶予期間を置き順次住居用半地下建築をなくす制度、ソウル市)を宣言し、「根本的改善」(国民住居安定実現方案)を誓った。だが、政府に向けられた半地下の住民たちの提言は慎重だった。彼らは「地下」の家を出て「地上」の家に住むまでの関門を決して甘く見ていない。重要なこと、些細だと思われること一つ一つに、それぞれの考えがあった。
ソウル市貞陵洞(チョンヌンドン)の半地下に住むパク・シネさん(仮名・62)も、ソウル市の半地下退出の話を聞いて近所の人たちと話し合ったという。「私もこれまで苦労して子どもを育てたから。まず子どものいる家から正常な家を与えてほしい。半地下から出て引越し費用すら捻出するのが難しい家はないか、町内から離れられない理由は何なのか、そういうことを丁寧に検討して対策を出してほしいと言ってます」
地下・屋根裏・考試院(バス・トイレ・炊事場共同などの簡易住居)など非適正住居に住む人々にとって、「安全な地上の家」は誰よりも切実だ。ただ、生半可に希望を抱くことはできない。不安と希望の間のギャップを広げるのは、彼らにとって命綱である現在の住居福祉制度の限界だ。
「半地下その後」のために、政府は何を準備しなければならないのか。住民たちの声と共に、韓国都市研究所が長屋、考試院、半地下など非適正住居に住む50人の深層インタビューを通して作成した2020年報告書「非適正住居地の住居状況深層調査」(以下、住居状況調査)を参照して取り上げてみた。住居状況調査の対象者たちの考えは、本紙が15~16日に会った半地下や考試院の住民たちの話と驚くほど似ている。一言でいえば、「家を超えて、暮らしを考えてほしい」という要求だった。
ソウル石串洞(ソックァンドン)の半地下に住むカン・ソクスさん(仮名、67)は、ふいに再整備事業の噂を口にした。「この建物も街路住宅整備事業の認可を推めるという噂があります」。家が再建築の対象になれば、ソクスさんの「暮らし」は? 「出て行かなきゃ。出て行って、行けるところは半地下しかない」
関門1.お金:保証金200万ウォン
ソクスさんの家は保証金200万ウォン(約20万円)、家賃20万ウォン(約2万円)。保証金200万ウォンはソクスさんが手にする唯一のまとまった資金だ。所得は基礎生活保障(生活保護)の住居・生計給与など、ひと月79万ウォンだが、家賃と公課金を除けば40万ウォン程度でひと月を暮らす。貯金をする余裕はない。
しかし、ソクスさんの持ち金200万ウォンは、民間の賃貸市場では取るに足らない額だ。首都圏の伝貰(チョンセ=一定の保証金を貸主に預ける代わりに月々の家賃は発生しない賃貸方式)の平均価格は、2016年の1億5千万ウォン(約1540万円)から2020年には2億1千万ウォン(約2150万円)まで上がった(2020年住居実態調査)。ソクスさんの200万ウォンと市場価格の差が広がるほど、その差を埋めなければならない公共の住居福祉負担が大きくなる。そのうえ、政府は公企業の財政効率性を強調している。
政府の住居福祉は、住居費支援と公共賃貸住宅に大きく分けられる。住居費支援はソクスさんのような「基準中位所得46%以下」世帯を対象にした住居給与が代表的だ。2022年の基準中位所得は単身世帯で194万5千ウォン(約19万9千円)であり、住居給与は月最大32万7千ウォン(約3万3500円)。ソクスさんがこの家を出れば再び半地下に行くしかないと予想するのはそのためだ。
最近、ソウルで最も大きく増えた公共賃貸住宅のタイプは、事実上、伝貰保証金を支援する制度の伝貰賃貸だが、これもまた急激に上がる市場価格を前にお手上げ状態だ。伝貰賃貸が最大で支援する伝貰保証金は1億2千万ウォン。「その金額で入れる家を探すことはなかなかできません」(カン・ソクス)。経済正義実践市民連合のキム・ソンダル政策局長は「究極的には、民間の不動産市場が安定してこそ賃貸料が安定し、公共の財政支援の負担も減る好循環がうまれる」と話した。
関門2.家:管理費7万ウォン
「虫がわんさとくっついてきて、火事が起これば燃えて死ぬような」ソウル江西区(カンソグ)のある考試院生活から抜け出すために、ナ・スヒョンさん(仮名・54)は手を尽くした。韓国土地住宅公社(LH)の買入賃貸住宅に申し込んだ。ついに彼の順番が回ってきた。住居給与に合わせて家賃制の都市型生活住宅に入る機会を得た。問題は管理費7万ウォン(約7200円)だった。生活費だけでもぎりぎりの生計給与58万ウォンから7万ウォンを払わねばならなかったので、公共賃貸住宅に入る機会をあきらめた。「また待っているんですが、家がありません」
管理費、生活にかかる雑多な費用は、住居状況調査報告書に参加した非適正住居の住民たちも口をそろえて指摘する。「アパートの管理費を払うのが負担なので(公共賃貸アパートには)行きません」(63歳、半地下居住の単身世帯)、「考試院生活をずっとしてきたので冷蔵庫もないし…」(60歳、考試院居住の単身世帯)
住居給与は物理的な家を超えて、最小限の暮らしのための住居の質までは支援できない。2015年に基礎生活保障制度が生計・医療・住居の給与に分けられ、「共同住宅管理費」は生計給与と住居給与のどちらにも含まれなかった。韓国都市研究所のチェ・ウニョン所長は「豪雨によって人々が半地下で亡くなった現実の前で省みなければならないことは、何よりもその方々がみな住居給与受給者だったという点」だとし、「政府の支援を受けても安全に管理されない家でしか住めない現実が繰り返されてはならない」と話した。
関門3.関わり:10キロメートル
脆弱階層の住居問題を調べる「ホームレス行動」の活動家アン・ヒョンジンさんは、これまで会ってきた一人一人が必要としたものを思い浮かべる。「脆弱」という呼び方で一つにくくることのできない、みなそれぞれ違う人たちだ。最小限の暮らしを維持するための条件も様々だ。「やはりソウル駅や龍山(ヨンサン)周辺に脆弱階層の炊き出しや貧困住居の支援団体があるので、そこを拠点としている人が多いんですが、そのような人たちにとって、例えば江西区(カンソグ)の公共賃貸住宅に行くというのは、慣れた支援体系や関係性をすべて新しく始めなければならないという意味です。満65歳未満の方々は地下鉄の料金1500ウォンも負担になります(満65歳以上は地下鉄利用が無料)。自閉症のある人は新しい関係を築くのがとても困難です」。ソウル内の10キロメートルほどを引っ越すことですら、単純なことではない。誰かにとっては切迫した暮らしの底辺を変えることになる。
政府はLHの半地下の公共賃貸居住者1800世帯のうち、79.4%が他の地域の公共賃貸への移転を拒否したと明らかにした。数字の中には、非適正住居は何としても出たいが、同時に、家を基盤に築いた暮らしを放棄できないという複雑な心情が込められている。「半地下退出」政策がしっかり認識しなければならない心情だ。まとめに、住居状況調査に載せられた参加者の声を伝える。
「半地下ではカビがひどいから子どもが家を『監獄』と呼びます。たまに私(母)が家に遅く着くと、家に入らず外に出ているんです」(11歳の子どもの母親、現在ワンルームに居住)、「外国人のためのゲストハウスにするという理由で追い出され、また別のときは、家を修理するといって追い出された」(61歳、長屋居住の単身世帯)、「2階にいる考試院を好むのは、障害者で関節炎があるからです。できるだけ階段が少ない所でなければいけないので」(52歳、考試院居住の単身世帯)、「私は孤独死っていうのを知らなかったんだが、(人は)寂しくて死ぬんです。貧しい人は貧しい人同士助け合って、話を交わして、一緒に生きていくものです」(59歳、長屋居住の単身世帯)