透明人間だった。一緒にいても、別の世界で生きなければならなかった。学校へ行けば家に帰ることばかりを考えていたし、家に帰れば、どうか明日学校に行かなくてもよくなるように…と思った。間違いなく明るくなる朝がうらめしかった。 名門高に入った喜びもつかの間だった。 理由も分からなかった。 たぶん学期初めに友達と交わした話の一部が変なふうに広がったのだろうと推測してみるだけだった。初めはクラスの子たちの私を見る目が変だと思ったが、そのうち聞こえよがしにこそこそ言うようになった。周りには誰も来ようとしなかった。根拠のない悪いうわさに尾ひれがついて回った。学校には通っていたが、頭の中は白く空っぽになっていった。 まるで掃除機がほこりを吸いこむように、うわさは友達を吸い込んでしまった。地獄の門が開かれたようだった。 休み時間には伏して寝た振りをした。移動授業、体育授業、昼休み、全て一人だった。心臓が止まりそうだった。“いじめ”だった。 事実を知った母親は、毎朝無理して登校する娘を見ながら涙を流した。
名門高入学の喜びの代わりに“透明人間”扱い
理由分からず「死にたい」自殺の誘惑も
被害事例を記録して親が個別に説得
高3 のとき、入試の代わりに“いじめを助ける”アプリに没頭
開発費3千万ウォンと助言者は才能寄付の“奇蹟”
「ホールディングファイブ」 4千名以上の悩み相談活溌
同じクラスの子が罵りながらハサミを投げつけてきたことがあった。幸い避けたけれども、背筋がぞっとした。親が学校へ行き、担任の先生と相談して帰った後には、仲間はずれは一層ひどくなった。真夜中、自分でも知らずに居間を不安そうに歩き回っていた。マンションの窓を開けて下を見下ろせば「これで終わりにできる」という考えも浮かんだ。 その場面を見ていた母親は、毎晩娘のそばで寝た。窓もきちんと閉めておくよう気をつかった。死にたい、そんなことばかり思った。 日増しに疲弊していく娘を見るに耐えず、父親が乗り出した。娘に被害事実を詳しく書くように言った。被害に遭う度に5WIH原則に従って詳しく記録させた。父親は学校へ行ってクラスの生徒たちと話を交わし説得した。「君たちを許して、問題を解決するために来た。これ以上苦しめるなら、法で是非を問うことにする」と言った。子供達は謝った。 娘は徐々に、いじめの濃い陰から脱することができた。
キム・ソンビンさん(19、ソウル女子大基督教学科1年=写真)は、そのように高校1年を地獄のように過ごした。 その時、切実な思いがあった。「私の味方になってくれる友達が一人でもいてくれたら…」
去年、高3の時。 彼女は高1の時から構想していたアプリを作ろうと心に決めた。 自分のようにいじめで苦しんでいる子たちを助けられるアプリだ。「結局、私たちの話を私たちの中でお互いに共有するのが良いと思いました。 名前を明かさずに話を打ち明けられる空間を作れば、極端な選択をする子たちが助かるんじゃないかって」
引き止める家族に対し、彼女は「今10代だから、10代の気持ちが一番よく分かります。大学に進学すれば他の関心事も生じるだろうから、今情熱のある時にやれるように応援して下さい」と説得したそうだ。しかし開発費用が3000万ウォン(約300万円)も必要だった。 気軽に着手はできなかった。その時、セウォル号の惨事が起こった。「大人はいつも、守ってやれなくてすまないと言うくせに、いざ必要な時には傍にいません。セウォル号の犠牲者よりもっと多くの生徒たちが毎年自ら命を絶っています。アプリを作って一人の命でも救いたかったんです」
アプリの名前を決めた。「ホールディング・ファイブ」だ。 心理学の用語である「ホールディング・エフェクト」(苦しんでいる瞬間に抱きしめて慰める効果)と、危機の瞬間に助けが必要な「ゴールデンタイムの5分間」とを組み合わせた。 危機の瞬間に母親の気持ちで5分間抱きしめてあげたなら、多くの奇蹟が起きるのではないかと思った。 幸いアプリ開発会社の代表が彼女の思いを高く買ってくれ、才能寄付で費用は要らないと約束した。最初の小さな奇蹟が起きたのだ。自分の事情をそこに送ってきた子たちにアドバイスをする“ハッピー人”(助言者)も確保できた。 一面識もないのにメールを送って助力を要請したら、グループGODのメンバーのキム・テウ氏をはじめカン・ジウォン弁護士、声優のキム・ジョンソン氏、ソ・へジョン氏などが快く引き受けてくれた。完成したアプリに声が寄せられ始めた。もう会員が4000名近くになる。
「中学2年生の女子生徒が最近文を送ってきました。学校暴力に苦しんで自害を繰り返し、遂にこの世には誰も自分の味方になってくれる人はいないと思ったそうです。自殺しようとした瞬間、このアプリを見つけ文を書いて載せて、『あ! 世の中には私の味方もいるんだなあ』と感じて、世の中に向かって闘うことを決心したそうです」
現在まで多様な話がホールディング・ファイブに寄せられた。“それとない仲間はずれ” や“全校生による仲間はずれ”にあっている子、容貌について悩んでいる子、どもりやチック障害に苦しんでいる子、家庭不和で悩んでいる子、さらには妊娠の不安に苛まれる女子生徒の悩みなどがホールディング・ファイブに溢れた。 助言者たちは悩みを打ち明けてきた人に対し、自ら返事を書いて応えたり、あらかじめ用意しておいた助言のメッセージを状況に合わせて伝えたりする。
「スマートフォンは比較的短い時間で助けを送ることができます。 かっとなりやすい気質の青少年には素早い助言が効果的です」。 最近自分のいじめの経験とホールディング・ファイブに寄せられた話を集めた本『ホールディング・ファイブ、助けて!』 (マリブックス刊)を出したキムさんは「一人ぼっちだと思っていた世の中で、自分を守ってくれる心強い支持者にいくらでも会うことができるのです」と言って笑った。