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我々にも「レッドライン」がある【特派員コラム】

登録:2026-09-12 08:12 修正:2026-09-12 09:39
3日、全羅南道光州統合特別市西区のハ・ジョンウン美術館に、第16回光州ビエンナーレの中国館で展示される予定だった作品が掲げられている。中国人作家たちはこの日、「台湾館」という名称の使用に抗議して作品を撤回すると表明した/聯合ニュース

 中国が「レッドライン」(紅線)を持ち出した。5日に幕を開けた光州ビエンナーレには「台湾館」はあったが、「中国館」はなかった。主催側が、当初「国立台湾美術館パビリオン」(特別館)としていた台湾参加機関の名称を「台湾館」に変更したことが物議を醸した。中国の作家たちは作品を撤収することを決めた。駐韓中国大使館は、一部の韓国の政治家や社会団体が「中国側のレッドラインに挑戦している」と強く反発した。

 中国が問題を提起したのは意外なことではない。台湾は中国が最も敏感に捉えている問題であり、「台湾館」という名称にも政治的な含意が全くないとは言いがたい。台湾を独立した国家のように思わせる表現だとして、中国が反発し対応するのもあり得なくもないことだ。韓国も1992年に中国と国交を樹立し、中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府として認め、台湾に関する中国の立場を尊重すると表明した。現在もこの外交的立場には変わりがない。

 だが、ここで一つの疑問が生じる。中国の「一つの中国原則」を尊重するというのは、韓国の文化機関や芸術家たちも中国の基準に従わなければならないという意味なのだろうか。韓国政府が中国とどのような外交関係を築くかと、文化機関が展覧会の名称や内容をどのように判断するかの間には、一定の距離がある。政府と地方自治体、大学とマスコミ、芸術機関と市民社会が、常に同じ声を出して動くわけではないこと自体が、韓国社会が機能する仕組みだ。

 韓国が政府と芸術の間の「距離」を重要視するようになったのには、それなりの歴史がある。わずか10年余り前、朴槿恵(パク・クネ)政権下では、政府に批判的であるとか政治的スタンスが異なるとの理由で、文化芸術家を政府の支援から排除する、いわゆる「文化芸術界ブラックリスト」が作成され、大きな波紋を呼んだ。重要なのは、政治的表現をどこまで認めるかを権力が(国民に)代わって決めないということだ。まさにこの点において、今回の中国の要求は韓国社会の文脈と衝突する。

 中国は、自国の歴史と政治的に敏感な問題について、相手がきめ細やかに理解すべきだと強調してきた。台湾問題を扱う際も、中国の歴史的経験と「核心的利益」を十分に考慮するよう求めている。外交において、相手が何を重要視しているかを理解しようとする努力は必要だ。

 しかし、理解を求めるのが一方通行であってはならない。中国が自らの歴史的文脈を相手に説明するのと同様に、他の国がどのような経験を経て現在の制度や規範を築き上げたのかについても考察する必要がある。韓国がなぜ政府と文化芸術機関との距離を重要視するようになったのか、政府の外交的立場を認めることと、民間における表現の領域までその立場に合わせることをなぜ区別しようとするのか、これらもまた、中国が読み解くべき韓国の文脈だ。

 中国は自国のレッドラインを説明することには慣れているが、それを相手に押し付ける際、それが相手のどのような原則と衝突するかを検討することには消極的だ。レッドラインを尊重してほしいというのは、相手社会内部の判断基準まで自分と同じものに変えろという意味ではない。

 韓中関係に必要なのは、どちらか一方のレッドラインを他方がそのまま受け入れることではなく、互いに異なるラインがどこで衝突するかを理解することだ。自分たちのラインだけを鮮明に引いて、相手のラインを見ようとしない外交は、尊重は示さず、自分たちのルールを押し付けるものとして映るだけだ。

イ・ジョンヨン | 北京特派員(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1277263.html韓国語原文入力:2026-09-10 19:16
訳H.J

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