古代アテネでは、独裁者になる危険性のある人物の名前を焼き物のかけらに記し、6千票を超えたら10年間国外に追放する制度があった。これを陶片追放という。
すべての国には、職務で重大な違憲・違法行為をはたらいた高位公職者を、一般的な司法手続きではなく特別な手続きによって罷免する制度がある。弾劾だ。
弾劾は、国民の代表機関である議会が政府の高位職者の責任を追及する手段として発展した。議会が訴追し、司法機関が最終判断を下す法治主義モデルと、議会が弾劾訴追と弾劾審判をいずれも行う民主主義モデルとがある。
韓国とドイツは法治主義モデルだ。米国と英国は民主主義モデルだ。いずれも、弾劾訴追は国民の代表機関である議会の固有の権限だ。
陶片追放と弾劾の共通点は、主権者が高位公職者を追放する制度であるということだ。民主主義と憲法を守るための一種の緊急装置だ。犯罪者に刑事責任を問う司法手続きとはまったく異なる。したがって、弾劾においては何よりも国民の意思が重要だ。
2004年3月12日、国会は在籍議員271人中193人の賛成で、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の弾劾訴追案を可決した。4月15日の第17代総選挙を前に、「開かれたウリ党」の選挙運動をおこなった、というのが理由だった。弾劾を主導したのはハンナラ党と新千年民主党だった。
しかし、国会による弾劾訴追は主権者の意思ではまったくなかった。当時の世論は8対2ほどで弾劾反対が優勢だった。総選挙を控え、強烈な逆風が吹いた。
ハンナラ党は最悪の場合2議席、いくら頑張っても50議席を超えるのは難しい、という分析まで示された。「選挙の女王」朴槿恵(パク・クネ)議員が陣頭指揮をとった。121議席を確保した。
開かれたウリ党は152議席を獲得した。国会の無理な弾劾訴追を主権者が審判した結果だった。憲法裁判所は5月14日、盧武鉉大統領の弾劾を棄却した。
2016年12月9日、国会は在籍議員300人中234人の賛成で、朴槿恵大統領の弾劾訴追案を可決した。
2016年9月から明らかになりはじめたチェ・スンシル国政壟断事件のせいだった。弾劾を主導したのは共に民主党、国民の党、正義党だった。セヌリ党も、かなりの数の議員が賛成票を投じた。
弾劾審判の判決は2017年3月10日に言い渡された。判決直前の3月第1週の韓国ギャラップの世論調査では、弾劾賛成81%、反対14%だった。すべての地域、すべての年齢層で賛成意見の方が多かった。自由韓国党の支持者だけは、76%対14%で反対意見の方が多かった。
憲法裁判所の決定は、裁判官の全員一致による罷免だった。国会と憲法裁判所は主権者の意思に忠実に従ったのだ。
2024年12月14日、国会は在籍議員300人中204人の賛成で、尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領の弾劾訴追案を可決した。12・3違法非常戒厳の責任を問うたのだ。与党「国民の力」の議員も12人が賛成票を投じた。
弾劾審判の言い渡しを目前に控えた3月第1週の韓国ギャラップの世論調査では、弾劾賛成60%、反対35%だった。弾劾訴追直前の75%対21%より差が縮まっているが、依然として差は大きい(中央選挙世論調査審議委員会のウェブサイト参照)。
地域別では、大邱(テグ)・慶尚北道だけが62%対32%と反対意見の方が多い。年齢層では、70代以上のみが53%対39%で反対意見の方が多い。60代は賛否がきっ抗している。国民の力の支持層は87%対10%で反対意見の方が多い。理念傾向で見ると、中道層は71%対22%で賛成意見の方が多い。
このような世論の中で、憲法裁判所が尹錫悦大統領を罷免したらどうなるだろうか。60日以内に新たな大統領を選べばよいのだ。政局は急速に早期大統領選挙局面へと移っていくだろう。2017年の朴槿恵大統領の弾劾の際にも経験したことだ。極右勢力が一時的に反発するだろうが、社会はすぐに安定するだろう。
憲法裁判所が弾劾を棄却したらどうなるだろうか。弾劾棄却は主権者の意思に真っ向から逆らうものだ。
全国で民乱が起こるだろう。尹錫悦大統領は職務に復帰するだろうが、大統領職を遂行することはできないだろう。任期短縮改憲で収拾しようとするだろうが、民意は受け入れないだろう。
経済は崩壊し、外交・安保も危機に直面するだろう。世界中が大韓民国を政治後進国として扱うだろう。国力と国の信頼の回復は数十年は難しいだろう。
いつか改憲を行えば、憲法裁判所はなくなる可能性もある。主権者の意思を尊重しない憲法機関は存立できないからだ。
ソン・ハニョン|政治部先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )