<編集者注:チョ・グク前祖国革新党代表が、憲法裁判所の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領弾劾審判過程で尹大統領が見せた言動と、「12・3非常戒厳」が成功した場合に私たちが直面したであろう悲劇、尹大統領罷免後の国民と民主陣営の対応などについて、自身の考えを明らかにする寄稿文をハンギョレに送ってきた。チョ前代表は現在、ソウル南部刑務所に収監されている。>
2024年12月3日、「反国家勢力」に言及し国会と選挙管理委員会に軍隊を投入した尹錫悦は、憲法裁判所の法廷で「警告するための戒厳」という不思議な詭弁を繰り広げ、責任を下級者に転嫁する卑怯者の素顔をあらわにした。12・3非常戒厳後、多くの国務委員は、尹錫悦と距離を置き、尹錫悦を「組織の大統領」として誇りに思っていた検察は尹錫悦を起訴しており、尹錫悦大統領作りの先頭に立った保守系マスコミも尹錫悦を批判している。しかし、彼らは「祖国革新党」や「共に民主党」など野党の立場に同意しているわけでもなく、政権交代を望んでいるわけでもない。尹錫悦の違憲・違法があまりにも明らかで、尹錫悦の言動があまりにも卑しいため、背を向けているだけだ。
これに対し、尹錫悦が特定して逮捕を指示した前「国会要員」の一人として、質問を投げかけたい。すなわち、12・3非常戒厳令が成功していたら、どんなことが起きただろうか。あの日国民と国会の力で非常戒厳を解除できなかったら、何が起きただろうか。
まず、私を含む国会議員はもちろん、ジャーナリスト、宗教者などは「回収」され、「反国家活動」をしたという自白を強要されただろう。ノ・テアク選挙管理委員長と職員たちは、ノ・サンウォン元情報司令官が特別に用意した野球バットで「不正選挙」を自白するまで殴られただろう。この過程で強要された自白が出てくれば、保守系メディアは連日大きく取り上げただろう。ハンギョレや「MBC」など政府に批判的とされるマスコミは、大々的な捜査の対象になっただろう。法人カードや会計帳簿などを隈なく調査し、経営陣を交替し、刑事処罰をしただろう。「世論調査コッ」のキム・オジュン代表はどこかに連れていかれ、有無を言わさず殴られていただろう。
このような非道なことが行われているとき、首相をはじめとする国務委員は、今のように非常戒厳の要件が満たされていないと言うだろうか。それはないと断言できる。のちに立場を変えたが、イ・サンミン前行政安全部長官が国会で行った発言、「非常戒厳は司法審査の対象ではなく統治行為だ」という言葉を口をそろえて主張したことだろう。また、各部処(省庁)の長官たちは戒厳布告文の趣旨に合わせ、先を争って野党を非難し、戒厳の必要性を強調する記者会見を開いたことだろう。
検察は今のように「非常戒厳特別捜査本部」を作り、尹錫悦をはじめとする内乱一党を捜査・起訴しただろうか。全くそうではなかろう。以前、金泳三(キム・ヨンサム)政権発足後に粛軍クーデター(1979年12月12日)および5・17クーデター(1980年5月17日の非常戒厳令拡大措置)の一味に対する処罰を求めて世論が沸き立ったとき、検察が発表した立場、すなわち「成功したクーデターは処罰できない」という言葉を主張し、尹錫悦に頭を下げただろう。一方、「反国家勢力特別捜査本部」を作り、野党を抑え込むための捜査を全方位的に展開しただろう。
さらに、ノ・サンウォン元情報司令官の手帳に書かれたNLL(北方限界線)で北朝鮮の攻撃を誘導することが実際に起き、局地戦が起きただろう。極右ユーチューバーや極右キリスト教勢力は、一日中反北朝鮮・反野党扇動を繰り広げ、「白骨団」など極右暴力集団が街をかき回したことだろう。
このような状況で、尹錫悦は「不正選挙」を理由に国会を解散させ、「非常立法機構」を作って様々な悪法を可決させただろう。尹錫悦は大統領選挙の討論会で、手のひらに「王」の字を書いて出たことがあるくらいだから、自分の願いを叶えたことだろう。裁判所は起訴された犯罪に限り有罪無罪を判断するのみという原則論を掲げ、このすべての現実に沈黙を守るだろう。ただし、「反国家勢力特別捜査本部」が捜査・起訴した事件に対しては重刑を宣告しただろう。
偉大な国民の決断と行動で、このような恐ろしい事態が現実になることはなかった。尹錫悦の罷免と処罰は近いうちに実現するだろう。しかし、尹錫悦一味が処罰されても、全く変わらず全く反省しない勢力が依然として残っている。尹錫悦検察総長を「英雄」として仕え、大統領にした勢力は、政権延長を目指して一致団結している。12・3内乱を批判する代わりに、「議会独裁」をした野党のせいでやむを得なかったという両非論(両方に非がある)を展開している。野党が尹錫悦政権の足を引っ張って破局を招いたと非難している。大統領選のライバルだった野党第一党の代表に対する執拗な標的捜査にも飽き足らず、「イ・ジェミョン(共に民主党代表)の悪魔化」を進めている。そして、尹錫悦に代わる新しい人物を中心に団結し、再び政権を握ることを目指している。
主権者である国民と野党は、気を引き締めなければならない。尹錫悦が罷免されても、尹錫悦を大統領にして政権を握った勢力はそのまま残っている。彼らが政権を握れば、尹錫悦は恩赦で釈放され、前大統領の肩書きをつけて闊歩するだろう。韓国国民は1987年に軍部独裁を倒し、2017年には国政壟断勢力を引きずり下ろし、朴槿恵(パク・クネ)を罷免させた。2024-25年も、尹錫悦一味を撃退することはできるだろう。いま重要なのはその次のことだ。現在行われている政党支持率の世論調査は、事実上、大統領選候補の世論調査だ。実際、大統領選が決まれば結集現象は加速化し、終局は51対49の戦いになるだろう。1987年、金泳三候補と金大中(キム・デジュン)候補の一本化に失敗したせいで、粛軍クーデターと5・17非常戒厳拡大の主役だった盧泰愚(ノ・テウ)が大統領になった。2012年には相乗効果のない文在寅(ムン・ジェイン)候補とアン・チョルス候補の一本化により、朴槿恵が大統領となった。2022年にはイ・ジェミョン候補とシム・サンジョン候補の一本化に失敗し、尹錫悦が大統領になった。
まず、12・3内乱に反対し、民主憲政の回復を求める勢力が団結しなければならない。12・3内乱を擁護したり幇助した勢力を孤立させなければならない。祖国革新党、共に民主党など革新系政党の他にも、保守系の改革新党まで共に行動することを望む。勝利するためには「連合」する道しかない。欧州で極右政権を阻止するために、左派と中道保守派が連立する例を思い出すべきだ。次に、大統領選挙後の新たな大韓民国のビジョンと政策に対する話し合いと共通の公約を抽出しなければならない。各政党ごとに違いはあるだろうが、例えば「第7共和国のための7大共同課題」に対する合意が必要だ。ここには言うまでもなく、12・3以降、広場でろうそくとペンライトを掲げた主権者である国民の要求と夢が反映されなければならない。このような連合政治は「新たな多数」を形成し、この「新たな多数」が大韓民国の次の時代を開き、また担っていくだろう。