1歳の誕生日も迎えていない子どもが1時間おきに嘔吐(おうと)を繰り返した夜、その子の母親である私の大学の同期は、家からもっとも近いソウルのある大学病院の救急室に駆けつけた。午前0時を過ぎていたにもかかわらず混雑する救急室の片側でかなり待たされた末、ようやく医師の診療を受けることができた。だが、なぜ吐いているのか、どうすればよいのかは聞けずに引き返さなければならなかった。親切ではなさそうな救急室の医師を待つよりも、朝早くに近所の小児科に行った方がましだと思った。翌日になって分かった病名は腸炎。子どもにはありふれた病気だということを、その時は知らなかった。「親初心者」を恐怖と混乱に陥れる症状について、きちんと説明してくれる医師がいればよいのに、とその同期は言った。しかし、町内の医院でも2~3分で診療は終わる。
今年の春に聞いた友人の話を思い出したのは、最近の地域・必須医療の崩壊の危機をかいま見たからだ。小児救急室において、患者(保護者)と医師との距離はひたすら遠かった。医師たちは軽症患者が殺到しすぎると訴えた。少子化と新型コロナウイルス禍の中で小児青少年科の専攻医が減っているため、一日中幼い患者と保護者に応対しているうちに気力を消耗する日常が繰り返されていると話していた。実は軽症なのに、自分では重症だと思っている人が多いとも言っていた。
ハンギョレ人口福祉チームは全羅南道莞島郡(ワンドグン)で唯一の病院をはじめ、江原道の地方医療院や上級総合病院、慶尚北道・全羅南道の国立大学病院の医師ら10人あまりに深層インタビューをおこなった。ソウルで座ったまま地域・必須医療の現実を推測するのは困難だったからだ。医師たちは農漁村よりも都市へと、非首都圏よりもソウルへと、保険不適用診療が少ない科よりも稼げる科へと、より容易で期待収益が多い分野へと流れていっていた。医師を探して長い距離を移動する余力のない地域脆弱層の医療空白は、それだけ大きくなる。人口構造の変化と地域格差、市場の論理に従う病院と人材政策、地域の境界を越えて病院・医院の敷居をまたぐのは簡単だが、「3分診療」の壁を乗り越えることは難しい構造。このような重い諸課題が地域・必須医療の崩壊の危機をさらに深刻なものにしていた。
大韓医師協会は、健康保険報酬の引き上げなどの十分な補償や医療事故免責範囲の拡大などで地域・必須医療の危機は乗り越えられると主張する。政府の支援や健保財政投入の拡大は問題をある程度補完することはできるが、現在の構造をそのままにしていては持続可能な解決策とはなり得ない、という議論の方が優勢だ。特に、韓国の経常医療費(全国民の1年間の保健医療サービスに対する支出額)は、2000年の25兆ウォンから2022年には209兆ウォンへと急激に増加している。2000年には4%にも満たなかった国内総生産(GDP)に対する経常医療費の比率は、昨年は9.7%にのぼり、経済協力開発機構(OECD)平均の9.3%を史上初めて上回ったという分析もある(延世大学保健行政学部のチョン・ヒョンソン教授の研究チーム)。今後、医療費をどのように効率的に使っていくかは、社会的議論が必要だ。このような状況にあって、患者と医師との間の不信が和らげられなければ、医療事故に対する責任を軽減してくれという要求も支持を得ることは難しい。
患者と医師との隙間はそれだけではない。医学部定員拡大には全国の20~60代の男女1003人に対する調査で67.8%が賛成しているが(国会保健福祉委員会所属の共に民主党のキム・ウォニ議員室調べ)、ソウル市医師会の7972人の会員は、77%が反対したという。
医学部入学が「生存チケット」と考えられている勝者独占社会において、医学部定員の拡大は医師と患者との距離を縮め、より良い医療構造へと向かう転換点となりうるだろうか。ある医師はこう言った。「地方には人を助ける医者は来ません。これが現実です。それをしない医師たちは、このような問題を知ることはできません」
今、私たちに必要な医師とはどのような人間なのか、定員を増やして選んだ医学部生をどのように養成していくのか、医師不足を訴える地域の病院・医院が患者の症状に応じて役割分担しつつ協力する構造をいかに実現するのか、総合的な処方を考えなければならない理由がここにある。
パク・ヒョンジョン|人口福祉チーム長 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )