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[コラム]「民主主義のモデル」韓国を病ませた尹錫悦式「龍山全体主義」

登録:2023-09-21 00:03 修正:2023-09-21 09:31
尹錫悦大統領が5月23日、ソウル龍山の大統領室庁舎で開かれた国務会議で発言している=大統領室写真記者団//ハンギョレ新聞社

 昨年初め、私は米国の政治リスクコンサルティング会社「ユーラシア・グループ」のイアン・ブレマー社長にインタビューした。ドナルド・トランプに追従する暴徒の議事堂乱入まで経験した米国が、ジョー・バイデン大統領の就任から1年間にわたって深刻な政治的不信と分裂に苦しんでいた時期だ。

 ブレマー氏は「米国人の半分がまだ大統領選挙が盗まれたと信じている。米国は他国に民主主義を到底語れない」とし「米国は民主主義を輸出するのではなく、輸入すべきだ」と語った。そして、彼は韓国を民主主義のモデルとしてあげた。

 米国は2016年11月に扇動家トランプが大統領に当選すると、大きな衝撃に包まれた。民主主義の伝統を誇ってきた米国がどうしてこうなったのかを問う省察がなされた。ハーバード大学政治学科の教授を務めるスティーブン・レビツキーとダニエル・ジブラットが書いた『民主主義の死に方』は、全世界の多くの国の事例からその原因と解決策を探ろうとした本だ。ドイツ、イタリア、ベネズエラなどが反面教師として登場する。

 米国の戦略家や学者たちが民主主義の模範と考えた韓国で、近ごろ私はよくこの本を開いている。軍事クーデターのような明らかな民主主義破壊が珍しくなったこの時代に、著者たちが注目したのは、民主主義の内部からの崩壊だ。彼らは民主主義をガードレールのように守る最も重要な規範として「相互寛容」と「制度的自制」をあげている。

 相互寛容とは「自分と異なる意見も認める政治家の集団意志」のこと。制度的自制とは「持続的な自己規制、節制と忍耐」あるいは「法的権利を慎重に行使する態度」のことだ。簡単に言えば、「寛容」と「自制」は信頼にもとづいて自らが進んで守る「常識」かつ「文化」であるわけだ。その基本が崩れれば民主主義も崩壊するというのが著者たちの主張だ。

 今の韓国の状況が重なる。韓国政治から寛容と自制が消え去って久しい。最高統治者と政権勢力は野党を清算の対象としてみなし、絶えず「前政権のせい」にする。大統領から見ると野党代表は「犯罪被疑者」に過ぎず、ただの一度も「対話の相手」とはなりえていない。

 大統領候補時代、遊説先の演壇でアッパーカットのポーズを取っていた大統領は、今や最先頭で露骨に攻撃地点を指し示す。参謀と長官たちは次々と戦いに打って出る。政府は国会で法制化が行き詰まれば施行令で迂回(うかい)し、大統領は国会で可決された法に対する拒否権行使をためらわない。

 人事聴聞会で不適格事由が明らかになり、反対世論の強い人物をそのまま任命することにも、大統領はあまりストレスを感じていない。野党はつられて言葉が荒くなり、多数議席に頼って折に触れ特検、国政調査、解任決議案のカードを切っている。

 共に民主党のイ・ジェミョン代表のハンストをめぐる事態は、寛容と自制の消え去った韓国の政治の現実を克明に示している。野党代表は国会で多数の議席を持ちながら極端な闘争手段であるハンストに打って出た。与党は一貫して嘲笑と無視で対応し、誰一人として自ら足を運んで止めるふりさえしていない。

 尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領は「共産全体主義に盲従し、でっち上げ扇動で世論を歪曲し、社会をかく乱する反国家勢力が依然として横行している」と語る。「共産全体主義」は学術的にも根拠が不明確な用語だ。ならば、この政権に「龍山(ヨンサン)全体主義」という名がつけられない理由もない。

 龍山全体主義における圧倒的な主人公はもちろん大統領だ。大統領は「自由」という価値観を掲げて国内を分断し、外交においても米国主導の鮮明な二分法路線に国を預けた。反共を前面に押し出しつつ抗日独立運動は消し去ろうというイデオロギー戦争、歴史論争の最前線に大統領が立っている。

 政府を批判するメディア、野党、市民社会団体は「反国家勢力」とのレッテルを貼られる。検察、監査院はそのための効果的な刀として動員される。大統領は議会を尊重せず、拒否権や人事権などの法的権限を用いて議会を無力化する。大統領と国民との間でバランスを取るべき与党は大統領に従属し、存在感と自生力を失っている。

 龍山全体主義が民主主義を脅かしている。与野党の政治家を含め、人々がよく口にする「過去最悪の政治」。まさに韓国の民主主義が深く病んでいるということだ。

//ハンギョレ新聞社

ファン・ジュンボム|政治部長 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1109325.html韓国語原文入力:2023-09-20 14:35
訳D.K

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