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[レビュー]「在日同胞留学生スパイ団」を捏造した国家権力を告発

登録:2021-08-21 10:40 修正:2021-08-23 12:56
ドキュメンタリーインサイト「スパイ」編 

ファン・ジンミ|大衆文化評論家
ドキュメンタリーインサイト「スパイ」編=KBS提供//ハンギョレ新聞社

 19日、光復節特集企画として番組『ドキュメンタリーインサイト』の「スパイ」編が韓国放送1(KBS1)で放送された。1970年代に韓国に留学した在日同胞の中には、中央情報部によってスパイの濡れ衣を着せられた人たちがいた。代表的な事件として、1975年11月22日に大々的に発表された「学園浸透スパイ団事件」がある。21人のスパイが検挙されたが、そのうち10人余りが在日同胞だった。このほかにも大小の捏造事件があったが、このようなスパイ事件に巻き込まれた在日同胞の数は100人余りにのぼる。在日同胞留学生スパイ捏造事件の被害者らは「在日韓国良心囚同友会」を結成し、2015年に再審運動を行った。彼らのうち30人以上が再審を申し立て、40年ぶりに再審法廷で続々と無罪を言い渡された。40年間の濡れ衣が晴らされる瞬間だった。当時の事件と被害者について記録した本がある。キム・ヒョスン氏は2015年に『祖国が棄てた人びと:在日韓国人留学生スパイ事件の記録』(日本語翻訳版:2018年刊行)を出版したが、同氏は民青学連事件で重刑を言い渡されたジャーナリストで、今回のドキュメンタリー「スパイ」編でプレゼンテーションを担当した。

KBS提供//ハンギョレ新聞社

 2015年当時に作られたドキュメンタリーもある。プロデューサーのチェ・スンホ氏は「ニュース打破」で『祖国が棄てた人びと』というドキュメンタリーを制作した。翌年公開されたドキュメンタリー映画『自白』では、ソウル市公務員スパイ捏造事件を扱い、過去にあった在日同胞スパイ団事件を扱った。こうしたコンテンツはあったが、依然として在日同胞スパイ団事件は韓国社会ではあまり知られておらず、遠い話だ。本やドキュメンタリーも関心のある少数だけが探してきて見るだけだ。2015年よりも事件に対する社会的関心は低下した。朴正煕(パク・チョンヒ)政権時代に起きた捏造事件に対する暴露は、朴槿恵(パク・クネ)政権当時には有効な政治的関心を引き出せたが、朴槿恵政権弾劾後は興味がさめていくのは避けられなかった。たとえば、ドキュメンタリー『自白』が公開された当時は、まだキム・ギチュンは「悪党」として話題にのぼっていたが、いまでは彼は忘れ去られた存在だ。映画の出来栄えとは関係なく『あの時、あの人たち』(邦題『ユゴ 大統領有故』)が持っていた波及力を、『南山の部長たち』には期待できないのも同じ理由からだ。いうなれば、いま在日同胞スパイ団事件は、過去の事件をタレントたちが語る形式のテレビ番組などで一種の近現代史として扱うような話にすぎず、8・15特集ドキュメンタリーとして扱う話なのかは多少曖昧な面がある。むしろ「チャンネルA」の『いま会いに行きます』で、2000年代に起きた「黒金城事件」(1997年の大統領選で金大中(キム・デジュン)候補を落選させるために安全企画部が主導した北朝鮮関連工作のうちの一事件)を立体的に扱ったものの方がはるかに興味深く、ホットな政治性を持つといえる。

 にもかかわらず、光復節特集で在日同胞留学生スパイ団事件を扱ったことに意味がある。まずは全国民を対象に公共放送であるKBSがこの事件を公式に伝えたことだ。番組の途中に挿入された文在寅大統領の謝罪シーンは、2015年に作られたコンテンツとは差別化される部分だ。文在寅大統領は2019年に大阪で開かれた在日同胞懇談会で、被害者らに対し国を代表して謝罪した。これで過去清算の一つのピースがはめられたことになる。

 番組のもう一つの意味は、清算すべき過去に対する境界線を違ったかたちで設定する観点を示したという点だ。つまり、光復節を迎え日本統治の残虐像を描いたり、独立運動史に照明を当てたり、解放後に日本に残っている在日朝鮮人に対する差別を描く従来の方式ではなく、韓国政府が在日同胞に行った拷問と蛮行を見せたということに注目する必要がある。これは、日本対韓国という民族を境に境界線を引く方式ではなく、日本であれ韓国であれ、誤った国家権力対人権という新たな境界線を想起させるものである。

 「スパイ」編で、被害者たちは日本で生まれ育ったが自分は日本人ではなく朝鮮人であるという民族的アイデンティティに気づき、韓国をより深く学び、その後韓国社会と日本社会に貢献しようという若き夢を抱いて韓国に留学したところで惨事に遭う。日本で比較的自由に北朝鮮に関する情報に接しながら暮らしていた彼らは、韓国で訳も分からぬまま逮捕され、拷問を受け、嘘の供述をしたためにスパイの濡れ衣を着せられた。彼らの苦痛は家族にもむごい傷を負わせた。婚約者もスパイほう助容疑で逮捕され懲役に服すことになり、彼らに期待をかけて学業を支えてきた家族はショックで倒れたり、韓国政府に脅迫されたり、同胞社会でスパイ家族というレッテルを貼られたりした。朴正煕政権は彼らをスパイとして捏造し、維新独裁に反対する学生デモはスパイ主導で起きた事件だとして追い込んだ。彼らを助けるために立ち上がったのは、日本の市民社会だった。事件が拷問によって捏造されたという疑惑を日本のメディアが暴露し、日本の弁護士たちがアリバイなどを問題視して弁論に乗り出した。彼らを救うために市民社会が救援会をつくって助力した。

KBS提供//ハンギョレ新聞社

 韓国の反共政権に踏みにじられた在日同胞と彼らを助ける日本の市民社会の構図は、これまで韓国で見慣れていた「民族を境にした加害と被害」という構図を揺るがす。その後も韓国社会はスパイ捏造事件の在日同胞被害者を支援することはなく、再審で相次いで無罪判決が下されても、キム・ギチュンら当時の加害者の謝罪と反省は伴わない。これは「歴史の清算」の声を誰に向けて出すべきかを考えさせる部分だ。

 番組は、キム・ヒョスン氏が当時の被害者たちを訪ね、証言を聞くかたちで構成されている。やや味気ない構成に物足りなさも感じる。当時、スパイ捏造がどのような脈絡で行われ、人民革命党事件、民青学連事件などとはどのような相関性を持つのか、また、金大中拉致事件や文世光(ムン・セグァン)事件(朴正煕大統領の夫人射殺事件)などを含め、当時の在日同胞社会はどう感じていたのかなどを幅広く扱えばよかったのではないかと惜しさが残る。1974年、戦争加害者としての痛烈な反省を込めて戦犯企業である三菱本社などに対する爆破事件を起こした日本の若者たちと、彼らを支援した日本の市民たちにスポットライトを当てたキム・ミレ監督のドキュメンタリー映画『狼をさがして』(韓国題『東アジア反日武装戦線』)とともに、狭い民族主義的な視点から抜け出すコンテンツとしておすすめしたい。

//ハンギョレ新聞社

ファン・ジンミ|大衆文化評論家 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)

https://www.hani.co.kr/arti/culture/culture_general/1008522.html韓国語原文入力:2021-08-20 18:43
訳C.M

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