39日間の戦闘の末、2週間の停戦に入った米国・イスラエルとイランの戦争は、1973年に起きたオイルショックを引き起こしたイスラエルとアラブ諸国の第4次中東戦争(ヨム・キプール戦争)に匹敵する経済・政治的衝撃を与えた。
2月28日、米国とイスラエルがイラン最高指導者アリ・ハメネイ師を標的に殺害した空爆から始まった今回の戦争は、イランが即座にミサイルとドローンで反撃し、中東全域が戦場と化した。戦争前は1バレルあたり60ドル前後だった国際原油価格は、100〜150ドルまで急騰し、大きく揺れ動いた。イランのホルムズ海峡封鎖に続き、紅海のバブ・エル・マンデブ海峡まで通行が遮断されれば、原油価格は150ドル以上に高騰し、1970年代のスタグフレーションが再現されるとの見通しも示された。
米国では主要な物価指標であるガソリン価格が1ガロンあたり約3ドルから4ドルへと急上昇し、ドナルド・トランプ米大統領の支持率は就任後最低の30%前後にまで低下した。戦争をしないというトランプ大統領の公約を信じていたMAGA(Make America Great Again)陣営の反発と亀裂も深まった。トランプ大統領を標的としたノー・キングス(王様はいらない)デーのデモなど、反トランプ勢力の結集も強まり、11月の中間選挙に赤信号が灯った。
トランプ大統領は、イランの指導者ハメネイ師を除去すればイラン体制が崩壊するというイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相の説得を受けて戦争を開始したが、イランではむしろ革命防衛隊中心の強硬派の主導でイスラム共和国体制が再編された。米国がイスラエルに引き込まれ戦争に巻き込まれたという非難の声が、MAGA陣営からあがった。「イスラエルがイランを攻撃すれば、イランが中東の米軍基地を攻撃するため、米国も先制攻撃した」というマルコ・ルビオ国務長官の発言が、批判世論に油を注いだ。
トランプ大統領は原油価格の安定を図るため、3月21日からイランに最終通告を行い、ホルムズ海峡を開放に向け圧力をかけたが、イランはまったく動かなかった。当初、48時間の間隔を置いて最終通告を行ったトランプ大統領は、5日、10日、さらに1日と、通告の期限を3回も延期した。戦争がもたらしたホルムズ海峡の封鎖を解消することが戦争の目的になるという自己矛盾に陥ったのだ。
米国と同盟国との間の亀裂も拡大した。トランプ大統領はホルムズ開放のために同盟国に艦船派遣などの支援を求めたが、これを拒否されると「ホルムズ海峡の開放は海峡を利用する国々が責任を負うべきだ」という無責任な姿勢を貫いた。「米国の北大西洋条約機構(NATO)脱退は再考の余地がない」とまで述べた。トランプ大統領の荒々しく無礼な発言に対し、英国のキア・スターマー首相は「騒音」、フランスのエマニュエル・マクロン大統領は「言及する価値がない」と述べるなど、同盟国首脳間の関係はほぼ破綻寸前にまでエスカレートした。英国やフランスなどは、2日に30カ国余りと共に、米国を除外した戦後のホルムズ海峡の管理に向けた国際会議をオンラインで開催した。
イランは指導部不在の事態に備え、候補者を事前に選んでおく一方で、部隊や地域ごとの自律的な防衛を担うモザイク防衛体制を構築し、抵抗した。米国とイスラエルは絶対的な制空権でイラン全土の目標を1万件以上空爆したが、破壊が確認されたイランのミサイル・ドローン部隊は全体の3分の1にすぎず、米情報当局によるとその約半数が無事であると、ニューヨーク・タイムズ紙などが報じた。イランはイスラエルだけでなく、バーレーンの第5艦隊本部基地を攻撃し、米軍約1500人を撤退させ、早期警戒レーダーや早期警戒装置などを破壊するなど、中東全域の米軍基地に被害を与えた。
特にイランは今回の戦争でホルムズ海峡に対する戦略的支配力を確認する成果を上げた。だが、イランはハメネイ師ら最高指導部がイスラエル主導の殺害作戦で死亡するという脆弱性を露呈し、防空網も破壊された。米国とイスラエルの攻撃によって丸裸にされた状態だ。7日現在、イランでは2千人以上が死亡し、2万6千人余りが負傷した。
イランの攻撃対象となったアラブ首長国連邦などペルシャ湾地域の親米保守王政スンニ派国家は、米軍基地が安全保障ではなく脅威の根源となった。これらの国々は、米国が今回の戦争でイスラエルの安全保障を優先し、自分たちを切り捨てることを実感させられた。
米国とイランはいずれも今回の戦争の敗者だ。イスラエルおよびネタニヤフ首相も、相次ぐ挑発と戦争により国内外で批判の的となっている。今回の戦争の過程で国際法は無視され、世界経済も混乱に陥った。勝者はおらず、敗者だけが残る戦争だ。