ドイツ政治が前例のない衝撃を受けている。極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が、最近の世論調査で支持率30%に迫り、メルツ首相のキリスト教民主同盟(CDU)を抜き、1位に立った。この程度の極右の躍進は欧州ではさほど珍しくなくなったとはいえ、ナチスの過去を悔い改め、「戦う民主主義」を憲法の骨子としてきたドイツであるだけに、その重みは異なる。
逆説的だが、移民、治安、所得、雇用のような客観的な指標はこれまで悪化していないどころか、むしろ回復したにもかかわらず、AfDの支持率は10%台から30%近くにまで急上昇した。人々を極右へと駆り立てたのは、悪化した「現実」よりも、それを受け入れる「体感」であり、さらに深くは、既成政治に対する「信頼の枯渇」だ。まさにこの不安こそが、AfDの支持をくみ上げる貯水池に当たる。
さらに、既成政党の誤った判断がその貯水池をさらに拡大させた。2025年初頭、AfDに追い詰められていたCDUは、その勢いを抑えようとして、逆に極右の中核となるテーマである「移民制限」を先制的に取り入れ、移民規制法案をAfDの賛成票に頼って強行採決した。CDUは、極右とは手を握らないという「防火壁」を自ら壊し、極右の主流化に寄与した。その結果、AfDは1位に躍進し、CDUは追う立場に転落した。
このような失態から少しは学習したようで、CDUは最近、AfDを批判的に分析した36ページにおよぶパンフレットを作成し、全連邦議員に配布した。パンフレットには、空欄に書き込むだけでよい「AfD離党届」の書式が同封されており、これを丁寧に包装して送るシーンを面白おかしく演出した動画も追加された。「恥ずかしいと思うならこれに署名せよ」という、明らかに嘲笑を込めた宣伝だった。パンフレットは、法治と憲法機関に対する攻撃、反ユダヤ主義的な言説、ナチスによる犯罪の矮小化、マイノリティ追放計画など、AfDの政策と指導部の妄言を、出展を加えて一つひとつ指摘している。AfD創設の主役であり党の共同代表を務めたアレクサンダー・ガウラントが「ヒトラーとナチスは千年を超える成功したドイツの歴史において、単なる鳥のフンにすぎない」とした発言、テューリンゲン州党支部代表のビョルン・ヘッケが、ベルリンにあるホロコースト追悼碑を「恥辱の記念碑」と呼んだ妄言、中心人物らがマイノリティの追放を「再移住」と美化したことなどを直接引用し、突きつけている。壊した防火壁を自分たちの手で立て直し、AfDを再び非主流化しようとする試みだと読み取れる。遅きに失した感はあるが、保守本流を自認する政党としては意義のあることだ。
しかし、限界も明らかだ。まず、パンフレットはAfDの憲政破壊的・反民主的な言動を体系的に掘り下げながらも、女性差別や性的マイノリティに対するヘイトには口を閉じた。保守票田を意識した日和見主義的な編集なのか、あるいはCDU自身の限界なのかもしれないが、どちらにしても、自由民主主義政党としては不十分だ。また、本来はAfDのような極右が好んで用いる嘲弄と戯画化を同じように用いた点も問題だ。民主陣営がそうした低劣な手法をまねた瞬間、自由民主主義の道徳的正当性は汚染され、極右はこれをむしろ「被害者のふり」の口実として利用し、支持層をさらに結集させるからだ。何より、暴露だけで極右に勝つことはできない。
それでも、敵を明確に名指して境界線を引くことは、十分ではないとはいえ、この多次元的な戦いにおいて譲歩できない最小限の前提だ。ドイツだけの話ではない。極右が拡大する場所であれば、どこも同じだ。ここでよくある落とし穴は、一線を画せば、支持層の一部が離反するのではないかと恐れる心理だ。しかし、その恐れこそ誤った判断であり、一線をあいまいにすれば事態は悪化するだけだ。だからこそ、陰謀論や卑劣な言葉、ヘイトを絶対に笑い流してはならない。嘲弄ではなく事実に基づく体系的な暴露と批判によって、相手に対する蔑視ではなく、真の自由民主主義の価値によって対抗しなければならない。
ハンネス・モスラー(カン・ミノ)|デュースブルク・エッセン大学(ドイツ)政治学科教授 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )