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サムスンバイオ事件で捜査チームと意見の相違が生じた理由
検察特捜部は「師団」の問題を生むだけではない。「重箱の隅をつつく」ような別件捜査や企画捜査も、検察の特別捜査の慢性的な問題だとシン委員は指摘する。このような特別捜査は、強制捜索や拘束令状の請求という過程を経て、ほとんどが起訴に至る。シン委員は無理な捜査の例として、自身がソウル中央地検第3次長時代の2020年に捜査を指揮したサムスンバイオロジクス粉飾会計疑惑などについての事件(サムスンバイオ事件)をあげた。
「私が行った時、すでに1年以上捜査が行なわれており、記録だけで20万ページ近くになっていました。当時、捜査をおこなっていたのは『特捜通』として名を馳せていた人たちでした。私は容疑の有無は問題なく、(捜査してきた通りに)従っていけばよいと思いました」。しかし、同氏が報道を通して知っていたこととは異なっていた。「事案ははるかに軽いものでした。例えるなら、最初は胃がんだと思って腹にメスを入れてみたら、胃がんではなかったんです。そして肺に転移しているように思えたので肺にもメスを入れました。そこには確かにあると思っていたのですが、何か変ではあるけれどがんはありませんでした」
この事件は、尹錫悦ソウル中央地検長-ハン・ドンフン第3次長検事時代に捜査が開始された。サムスン電子のイ・ジェヨン副会長(当時)側は2020年6月2日、検察の起訴の妥当性の判断を求めて検察捜査審議委員会の招集を要請したが、検察は2日後に拘束令状を請求した。裁判所は拘束令状を棄却した。シン委員は「どうみても穴が多すぎました。しかし決まった方向性があったため、取り返せない状況」だったと回想した。当時、捜査チーム長格だったソウル中央地検経済犯罪刑事部長は、現職のイ・ボクヒョン金融監督院長だ。
捜査チームが「がん」ではないものを「がん」であるかのように考えて無理な捜査をおこなった背景には、報道の影響もあったとシン委員は語った。「マスコミは両刃の剣です。捜査に着手する際には、報道はかなり役立ちます。強制捜索をするには根拠資料がなければならないのですが、ないんですよ。そんな時、メディアの資料(記事)が必要なのです。大々的に報道されれば、それが捜査記録に添付され、世論も何かがあるように形づくられれば、令状がとても出やすくなります」
しかし、マスコミを利用して捜査を進めたとしても、進展がなければ逆に攻撃を受けることになる。「捜査の過程で何かが出れば問題ありません。でも何も出てこないと、メディアは攻撃をはじめます。すでに(マスコミの立場からすると)疑惑の提起から結論まですべて済ませてしまっているから。マスコミが騒ぎはじめると、捜査する検事たちの身動きの幅も狭まるんです」
シン委員自身も水原地検長時代、共に民主党のイ・ジェミョン代表の弁護士費用代納疑惑事件の捜査の過程で、政界と検察内部から批判された。この事件はイ代表が京畿道知事在任中の2018年に、公職選挙法違反事件の裁判で選任した複数の大手法務法人の弁護士の費用が、サンバンウルグループの転換社債などで代納されたという疑惑だ。イ代表は弁護士費用として3億ウォン(約3300万円)を使ったと述べているが、ある市民団体はイ代表が特定の弁護士に現金や株などで20億ウォン(約2億1800万円)あまりを渡した疑惑があるとし、2021年10月に告発した。
当時、この事件はソウル中央地検からシン委員のいる水原地検に移送されたが、このことも最高検察庁が意図的にイ代表の中央大学の後輩であるシン委員のいる地検に事件を送ったのではないかと批判された。シン委員は「当時、国民の力と民主党はいずれも表向きは厳正で公正な捜査を求めていたが、実際には自分たちの望み通りに結論が出ることを望んでいたし、メディアも同じだった」とし、「本当に徹底的に調査したし、確認すべきことはすべて確認したと自信を持っている。私が捜査したところ、この疑惑はまったくの事実無根」だと強調した。
「代納したとすれば、誰が渡したという内訳が存在しなければならないわけです。口座の追跡もやれることは全部しましたが、ありませんでした。捜査チームとの意見対立もなかったし、本当に公正かつ透明に捜査しました。それでも私のことを政治検事だと言うのなら、政治検事だということを恥とは思わないでしょう」。検察はシン委員が2022年5月に光州高等検察庁に去った後の2022年9月、この事件を不起訴とした。
無理な捜査をおこなった検事を対象とした損害賠償訴訟特別法を
シン委員は、検察の無理な捜査や政治的捜査を防ぐために制度を変えるべきだと述べた。「まず検事が自らの誤った捜査に責任を取る構造を作らなければなりません。私は、無理な捜査や起訴をおこなった検事に損害賠償を請求できるようにする特別法を作れば、けん制になると思います。(無理な捜査を)しない大義名分ができるというわけです」
今の法体系では、検事が不当な起訴を乱用したとしても問題提起したりけん制したりする方法はほとんどない。2021年、最高裁は「ソウル市公務員スパイでっち上げ事件」で、検察が公訴権を乱用したことを初めて認めた。しかし報復的な追加起訴に関与したアン・ドンワン検事は、報復起訴ではなかったと反論した。2023年9月、国会本会議でアン検事の弾劾訴追案が可決された。シン委員は「検事もいかなる方法であれけん制を受けなければならず、間違いを犯せば責任を取らなければならない。特別法もそのような(検事に責任を取らせるとの)趣旨」だと説明した。
また、検察の捜査権の縮小も必要だと主張した。「基本的に捜査権を分離する必要があります。高位公職者犯罪捜査処は少し機能を拡大し、麻薬や犯罪組織については麻薬庁のように検察と警察が協業する組織を作って独立させるのです。検察が直接捜査をすべて行うと、けん制する方法がないので、捜査庁も作る必要があります。すでに条件は整っています」
シン委員は、別件捜査を制限する規定の新設▽政治的事件における、総選挙や大統領選挙の前の一定期間の捜査中断の法制化▽市民団体などが報道以外のこれといった根拠なしに疑惑のみによって告発した場合、却下できる規定の新設、などの制度改善の必要性を訴えた。
「検察の私物化を防ぐ」との旗を掲げて辞表を提出したシン委員の次の行き先は、政界になるとみられる。「検察を元通りにするのは、現状ではちょっと難しいように思えます。何らかの制度だとか、そういうものによって元に戻すことができるなら、政治を含めて様々な方法を講じてみるつもりです」