キム・サンジョ教授(漢城大学国際貿易トラック)は、文在寅(ムン・ジェイン)政権の象徴的な人物の一人だった。全国経済人連合会(全経連)解体や財閥改革などの「経済パラダイムの転換」が話題だった時期の市民運動家で、文在寅政権の最初の公正取引委員長を務め、日本の半導体素材輸出規制や新型コロナ・パンデミックなどの予想不能な変数が経済に大きな打撃を与えた政権後半期には大統領府政策室長を務めた。
公職を去ってから2年半を経て『21世紀の世界経済』と題する本を出したキム教授に、ハンギョレは22日午前、漢城大学の研究室でインタビューを行った。著書の出版は2012年の『縦横無尽の韓国経済』以来11年ぶり。その間に著書の副題は「財閥とモフィアの罠から脱出せよ」(2012年)から「ニューノーマルかオールドノーマルか」(2023年)になった。副題の変化からも分かるように、キムさんは「扇情的にならないように」言葉を慎もうとしたが、ハンギョレは本の行間にかいま見える「口惜しさ」を2時間以上にわたって深掘りした。キムさんは「韓米日同盟であれ別の姿であれ、一つの戦略で行くべきだという主張は現実を見誤ったもの」、「財政政策を硬直的に制約するならば、デジタルグリーン大転換のための政府投資と社会福祉支出は削減されざるを得ないという欧州の苦悩を反面教師にする必要がある」と語った。
キムさんは不動産賃貸料の引き上げを最大5%に制限した「賃貸借3法」施行直前に、本人所有のマンションの伝貰(チョンセ・契約時に賃貸人に高額の保証金を預ける代わりに月々の家賃は発生しない不動産賃貸方式)保証金を大幅に引き上げたことが批判され、2021年3月に大統領府政策室長職から退いた。保守団体の告発で警察の調査を受けたが、事件は嫌疑なしで終結した。メディアとのインタビューは、公職を離れてからは初めて。
-著書を読むと「もはや中国のことを、汎用中間財を輸入し、低い人件費を武器として最終製品を加工輸出する国であると錯覚してはならない」という分析が出てくる。最近の韓米日首脳会談でも米国の掲げた「中国脅威論」が話題になったが、韓国も中国をけん制すべきだと考えるか。
「そう読み取ったのだとしたら、その理解は間違っている。この本から必ず読めと推薦すべき章を一つだけ選ぶとしたら、第5章『GVC(グローバルバリューチェーン)ショックとアジアの分業構造』だ。国際産業連関表で計算した付加価値基準の貿易統計を見つつ、1990年代以降のGVC拡散過程で世界がどのようにつながり、特に2008年の金融危機以降どのように再編されつつあるのかを扱っている。韓国ではまだ多くの方々が中国のことを韓国より少し遅れている国だと勘違いしているが、絶対にそうではないことが確認できるだろう。中国はすでに輸入中間財の使用率が米国同様に低い国だということが表れている。他国が生産するために必要な中間財を輸出する国へと完全に変化したのだ。これがアジアの分業構造を変えている最も根本的な原因だ。このような世界経済の変化をみた時、韓国はどのような戦略を選ぶべきか。韓米日同盟であれ別の姿であれ、一つの戦略で行くべきだとの主張は、現実を見誤っているのではないかと思う」
-「中国の浮上によって韓国はサンドイッチの境遇になるだろう」との懸念の中で、中国を止めるべきなのかと問うことが間違っているということか。
「このところ国際経済問題を話していると、中国の脅威にいかに対処するかという問題に話題が集中するが、それは物事を半分しかみていないと思う。米国の一方主義の脅威も同時にある。代表的な例として、米国のインフレ抑制法(IRA)がもたらしたショックがあげられる。IRAは炭素中立(カーボンニュートラル)社会への転換に向けて重要鉱物、電気自動車、バッテリーなどに莫大な補助金を与えるものだ。補助金支給によって自国企業の競争力を向上させるとともに、中国を排除したサプライチェーンを構築しようとするものだ。だが同法は、カーボンニュートラル転換パラダイムに途方もない混乱を引き起こした。
欧州はこのかん、カーボンニュートラルへの転換のために、温室効果ガスを排出する経済主体に費用を負担させるというやり方を選んでいる。炭素税や炭素国境調整メカニズム(CBAM)が代表的な例だ。欧州の費用賦課方式と米国の補助金支給方式が競争したら、どの方向に行くと思うか。当然、企業はコスト負担が増えれば競争力が弱まる。あらゆる国が補助金競争に突入する。だが補助金競争で米国と中国に勝てる国があるだろうか。欧州は米国の一方主義にかなり憤っている」
-米中の対決だとばかり考えてはいけないということか。
「それこそまさに本書の問題意識だ。1世紀前に各国の自国中心主義がどのような惨状をもたらしたのかを忘れてはならない。だから、21世紀の現状を、ニューノーマルの衝撃だというよりはオールドノーマルの帰還だととらえようという禅問答も提示した。中国の浮上であれ、それに対応する米国の戦略であれ、韓国にとってはどちらも負担と脅威になるだろうということだ。このような状況においては、本当に慎重に判断しなければ、一方のコストを回避するための戦略が他方のコストを誘発することもありうる。結局、状況に応じて韓国は戦略を弾力的に調整しなければならないが、それを後押しするのは国民の支持しかない。『安米経中(安保は米国、経済は中国中心)』の方が正しいとか、『韓米日同盟』の方が正しいというのではなく、非常に慎重かつ弾力的に判断するとともに、意図した結果を得るために政府は絶えず国民とコミュニケーションをとりながら支持基盤を固めていくしかないというのが結論だ」
-このような流れはどれほど続くのか
「短期的には終わらないと思う。覇権競争または覇権の転換は長期的な過程だ。例えば基軸通貨の問題をみてみよう。1870年代末に米国のGDPは英国を超え、第1次世界大戦直前の1913年には輸出も追い越し、1920年代末にはニューヨークの金融活動がロンドンをしのぎはじめたが、ドルが真の基軸通貨となったのは第2次世界大戦後だ。少なくとも30年から長ければ70年ほどかかっており、途中で途方もない浮き沈みもあった。
今の世の中の変化はその時代よりはるかに速くなっているから、それほどまではかからないとしても、少なくとも30年間は覇権競争にともなう対立が続かざるを得ない。その対立の勝者が米国なのか中国なのか、それとも妥協が成立するのかは予測できないが、中国が米国の覇権に挑戦していると感じはじめたのはグローバル金融危機後の2010年代だ。だとすれば10年たったわけで、少なくともあと20年以上は続くだろう」
キム・サンジョ教授の近著『21世紀の世界経済』は、韓国経済の成果を左右する3つの次元の要因を扱う。グローバル次元の要因、アジア次元の要因、韓国の特殊要因だ。米国と中国の覇権競争だけでなく新型コロナウイルス・パンデミック、第4次産業革命、気候変動なども扱う。世界経済を扱うことで国内の状況とは距離を取ろうとしているが、各章に付けられた「みんなで考えてみましょう」によってキム教授の苦悩が確認できた。
-「みんなで考えてみましょう」では「韓国の新旧財閥は産業政策の支援対象なのか、それとも財閥政策の規制対象なのか」という問いを投げかけている。世界経済の変化が強調されている状況にあっては、韓国も国内の大手半導体メーカーや大手自動車メーカーに対して首都圏での工場規制を緩和したり、減税したりすべきなのか。
「企業を支援して競争力を育み、国益を守らなければならない。正しい話のように思えるが、産業政策がすべて成功するわけではない。補助金競争に巻き込まれることで、私たちが望む結果をもたらさない可能性もある。では、実施すべきではないのか。そうではない。韓国が(各国の産業政策を調整する)新たな多国間主義秩序を作り出せるわけではないではないか。代案があろうがなかろうが、世界中が自国優先主義へと向かい、補助金競争が避けられない状況ならば、韓国も韓国の限られた政策資源を効率的に投入しなければならない。
今後の食いぶちをどうまかなうのかという分野で競争力を失えば、韓国の未来が暗く憂うつなものになることは明らかだ。だから、どれほど成功するかは分からないが、産業政策的な努力は放棄できない。ただし産業政策を設計する際には、韓国の産業構造においてどこが脆弱なのかを問わなければならない。大企業だけでなく中小企業まで含めた産業エコシステムにおいて、韓国はサプライチェーン衝撃に非常に脆弱だ。絞り込むと、最終製品段階ではなく、その前の段階の素材・部品・装備のエコシステムが問題の核心だ。結局、産業政策を実施すべきかどうかの問題ではなく、どのような産業政策を取るべきかという面で、利害関係者とコミュニケーションを取り、同意を得てはじめて、政策失敗の確率は低く抑えられる」(2に続く)