今月の世界金融市場の最大の関心事の1つは、イーロン・マスク率いるスペースXのナスダック上場だ。この2600兆ウォン規模の航空宇宙企業の第1の課題は「人類を多惑星種にすること」だ。火星人になることは、ダンテ・アリギエーリが『神曲』でライオンたちの通る火星天を描いた時から、あるいはある夢多き先祖が天空の輝く星を見上げた瞬間から、地球人が長きにわたって抱いてきた夢だが、そこに天文学的な資本が流れ込んでいるというのは、また別の話だ。火星への永久定住地建設は今や時間の問題になっているということだ。
火星に関する限り、問われることは長きにわたって1つだけだった。「人類は火星で生きられるのか」。しかし、1つの夢が可能態から現実態に転じる時、私たちは次のように問い直さなければならない。「私たちは果たしてそうすべきなのか。そしてそう判断したら、いつ始めるべきなのか。その努力を成功に結びつけるために、どの程度まで犠牲を払うべきなのか。火星に行くことが火星人になることを意味するとしたら、私たちはどうすべきなのか」
進化生物学者で米国ライス大学教授のスコット・ソロモンは、目前に迫る可能性について繰り返しこのような問いを投げかける。彼が講義するライス大学は、米国の有人宇宙プログラムの中心、テキサス州ヒューストンに位置している。もともとハギリアリの世界に魅了されていた彼は、「宇宙都市」ヒューストンに拠点を構えることで、宇宙移住が人間の身体と心をどのように変えるのかを探求しはじめる。彼が宇宙飛行士、核物理学者、微生物学者、哲学者、企業家、遺伝学者などを取材し、火星人という「新種」を描き出した結果が『ビカミング・マーシャン』だ。
著者は本書の前半で、2歳のイヌのライカがスプートニク2号に乗せられて犠牲になった1957年以降の挑戦と失敗を通じて、宇宙環境が短期的に地球の生命体にどのような影響を及ぼすかを記録している。宇宙へ進出し定住しようとしてる人類が支払うべき代償は多少の犠牲どころでは済まない、というのが本書の主張だ。私たちはそれを「進化」と呼ぶ。そして、進化が常に前進を意味するわけではないことを、私たちはよく知っている。
ソロモン教授は、チャールズ・ダーウィンが『種の起源』で紹介したガラパゴス諸島の進化の過程が、火星という閉じた世界へ移動する人類にもそのまま当てはまると考えている。火星人の置かれる条件は、迅速な進化に最適化されている。微小重力(無重力)、宇宙放射線などの劇的な変化によって突然変異が生じ、自然選択がそれを強化し、従来の人類との遺伝子交換も困難になるからだ。定住後、移民と地球人の往来は極端に制限せざるを得ない。15世紀の欧州人の侵入が米国先住民に天然痘、コレラ、はしかといった大災害をもたらしたように、火星人の免疫系の変化は地球の微生物に強く反応する可能性があるため、初期の入植者は事実上孤立することになるだろう。
新世界では、人類は外部環境に合わせて進化していくだろう。宇宙飛行士は無重力環境で椎間板が圧迫されにくくなり、脊椎がまっすぐ伸びることで一時的に身長が伸びるが、重力が地球の8分の3ほどの火星では、この変化が永続的に起こる可能性がある。一方、出産リスクを軽減するために緻密な骨が「自然選択」されることで、身長の低い火星人へと進化する可能性も排除できない。宇宙放射線から皮膚を守るために、皮膚で新たな色素が進化する可能性もある。ニンジンに含まれる色素「カロテノイド」は放射線を遮断するが、だとすれば肌がオレンジ色の火星人が誕生するかもしれないというのは、愉快な想像に近い。宇宙放射線によってがんの発生率が高まるというのは、憂鬱な想像だ。
まだ火星の表面を踏んだ人類もいないのに火星人類の進化を想像するのは、先走りすぎた空想だろうか。本書を読めば、決してそうではないことがわかる。遺伝学界の一部では、「宇宙での生物学的な適応過程を『自分たちの手で』進めよう」という動きさえ始まっているからだ。宇宙定着に伴う身体的変化をDNA編集で加速させるとともに、痛みも最小化するというアイデアだ。著者とインタビューしたコーネル大学医学部のクリストファー・メイソン教授は、小説『三体』に出てくるエイリアンのように、干ばつに襲われると脱水状態になることで生き延びるクマムシの遺伝子をヒトの細胞に組み込む方法を研究しているという。「生命を加工するか、あるいはやむを得ず死を迎えるかを選べと言われたら、当然いっぽうの道しかない」というのが同氏の考えだ。
このような過激な変化を前にして、著者は繰り返し人間の倫理について苦悩する。少なくとも「私たちはまだ準備ができていない」と語る科学者がまだいるのは希望だ。フィクションかノンフィクションかを問わず、火星生活を想像した本は多いが、宇宙工学者ではなく進化生物学者の視点から見た近未来であるという点で、本書は興味深い。