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‘反独裁闘争’キム・グンテ 病魔との闘争

原文入力:2011/12/09 10:09(1812字)
ソン・ハンヨン記者


数年間にわたるパーキンソン病を患い
脳静脈血栓症で入院
拷問後遺症によるもの
峠を乗り越え急速回復中


←キム・グンテ民主党常任顧問


  キム・グンテ(64)民主党常任顧問が民主化運動青年連合(民青連)を結成したという理由で拘束されたのは1985年だった。彼は拷問技術者イ・クンアンから南営洞(ナミョンドン)対共分室で電気拷問を受けた。生死の境を行き来した。全斗煥政権の暴圧が猛威を振るった時であった。電気拷問を受けた事実が全世界に知らされ彼はロバート・ケネディ人権賞を受けた。ドイツ、ハンブルグ財団は彼を‘世界の良心犯’に選定した。

政界に入門した彼は1996年に国会議員に当選して3選した。盧武鉉政府では保健福祉部長官、ヨルリンウリ党議長を務めた。1970~1980年代の民主化運動の象徴的人物として世間からの補償はそれなりに受けたわけだ。しかし拷問で壊された彼の肉体は補償を受けることはできなかった。


  2006年のある日、パーキンソン病権威者のチョン・ポムソク博士(ソウル大病院神経科)はテレビを通じてキム・グンテ常任顧問を見てパーキンソン病であることを知った。パーキンソン病は脳の黒質(_中脳の一部を占める神経核)に分布するドーパミンの神経細胞が次第に消失し発症する。原因は分かっていないが硬直、緩慢、姿勢不安定、手の震えなどが典型的な症状だ。 症状が徐々に悪化するが改善されはしない。ボクシング選手モハメド・アリがパーキンソン病患者だ。


  キム・グンテ常任顧問は今までパーキンソン病患者ということを隠して治療を受けてきた。拷問の後遺症でパーキンソン病に罹ったものと推定されるが、とにかく政治家にとって健康悪化は致命的弱点であるためだ。去る10月中旬から症状が悪化したが、それがパーキンソン病のためのものだと思われた。しかし11月25日の精密診断の結果、脳静脈に血栓が発見された。入院し治療を受けている間、今度は突然に出血が生じた。 けいれんも起きた。 幸い峠を越し今は急速に回復中だ。


  問題はキム顧問が誰よりも愛する娘のビョンミン(29)氏の結婚式が10日に予定されているという事実だった。家族はやむを得ずキム顧問の入院とパーキンソン病患者であるという事実を公開することを決めた。8日、韓半島財団名義から短い報道資料が出された。


  「民主化運動過程で電気拷問など激しい苦難を受けたキム・グンテ韓半島財団理事長が先月29日、脳静脈血栓症でソウル大病院に入院しました。キム理事長は数年間パーキンソン病の診断を受け闘病してきました。担当医療スタッフはキム理事長が現在急速に回復中で予後も良いという所見を示しています。絶対安静をとらなければならないという医療スタッフの勧告があり、当分面会と取材を遠慮する旨、了解願います。」


  キム顧問はまだ話をきちんとすることができない。知っている人の顔が目の前に現れれば手を少し動かし知っているという手振りをする。娘のビョンミン氏は父親の状態が悪化すると彼の手を握り「お父さん、どうして私にこうするの」と泣き叫んだ。しかし今は父親が回復すると堅く信じて、落ち着いて‘お父さんのいない結婚式’を準備している。


  篤い天主教信者である夫人イン・ジェクン氏は神様に「夫を助けてください」と祈った。イン氏は「‘キム・グンテのからだが今の我が国の追いつめられた民主主義を語っている’と神様が私に答えて下さり、今は心が安らかだ」と話した。イン氏は夫の耳に「必ず治る。キム・グンテ ファイティング」と叫んだ。


  キム・グンテ顧問は2008年ソウル道峰(ドボン)甲選挙区でシン・ジホ ハンナラ党議員に1200票差で敗れ議員職を失った。その後‘民主進歩勢力がまた執権する時’に備えて勉強会を作り導いた。最近では野党圏統合に力を添えるため民主党、民主労働党の人々に会い統合を薦めもした。
彼が健康を回復して来年の4・11総選挙に再び出ることができるだろうか? 神のみぞ知ることだ。


ソン・ハンヨン先任記者 shy99@hani.co.kr


原文: https://www.hani.co.kr/arti/politics/politics_general/509291.html 訳J.S