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保守野党を叱責した韓国の民意、与党の独走も牽制【ニュース分析】

登録:2026-06-05 06:22 修正:2026-06-05 08:46
韓国統一地方選挙、与党「半分の勝利」
4日、国会で統一地方選挙の結果に関する記者会見の途中で咳き込んでいる共に民主党のチョン・チョンレ代表=ユン・ウンシク先任記者//ハンギョレ新聞社

 6月3日に韓国で行われた全国同時地方選挙および国会議員再補欠選挙で、李在明(イ・ジェミョン)大統領と与党「共に民主党」は「半分の勝利」を収めた。

 16の広域自治体首長選では、民主党が12カ所、保守野党「国民の力」が4カ所で勝利を収めた。4年前は17カ所のうち、国民の力が12カ所、民主党が5カ所だった。民主党は仁川(インチョン)市長、釜山(プサン)市長、蔚山(ウルサン)市長、大田(テジョン)市長、世宗(セジョン)市長、忠清南道知事、忠清北道知事を奪還した。ソウル25区の区長選では、民主党が17区、国民の力が8区を占めた。4年前は国民の力が17区、民主党が8区だった。正反対の結果となった。

 民主党の勝利の原因は、大きく分けて二つだ。

 第一に、李大統領の高い支持率だ。

 今回の選挙は、李大統領の当選から1年後に実施された。与党にとって有利な時期だ。李大統領はこれまで、中道実用主義の政策路線と特有の「万機親覧(君主や国家の最高指導者がありとあらゆる政治や行政の細部にまで自ら目を通し直接判断を下すこと)」のリーダーシップにより、60%台の安定した支持率を維持してきた。株式市場の活況も国政安定論に拍車をかけた。

 第二に、政権に審判を下すのではなく、野党に審判を下すべきという世論が働いた。民主党は今回の選挙で、国民の力の革新失敗に伴う反射的利益を存分に享受した。

 12・3非常戒厳令以降、尹錫悦(ユン・ソクヨル)前大統領夫妻と12・3内乱容疑者らに対する捜査と裁判が続いた。昨年の大統領選後、保守系の数多くの論客が国民の力に対し、尹前大統領との決別と革新を強く求めた。

 しかし、国民の力の強硬派党員と支持層は、「ユン・アゲイン」派のチャン・ドンヒョク代表を選出した。チャン代表は、非常戒厳令の解除に先頭に立ったハン・ドンフン前代表を除名し、党を極右へと導いた。チャン代表のこうした路線に対し、首都圏や中部圏、釜山、蔚山、慶尚南道の有権者たちは強い拒否感を示した。

 ソウル市のオ・セフン市長は、国民の力に残っている数少ない合理的な保守志向の政治家だ。オ市長の当選は、極右路線を掲げるチャン・ドンヒョク代表を遠ざけた彼の選択が正しかったことを証明している。

ソウル市のオ・セフン市長当選者が4日午前、ソウル市庁のロビーで職員たちが用意した花束を受け取り、喜んでいる=共同取材写真//ハンギョレ新聞社

 こうした状況にもかかわらず、民主党が圧勝できなかったのは、李大統領とチョン・チョンレ代表のせいだ。民主党は早い段階から、慶尚北道知事を除き、残りの広域自治体長選で圧勝できると自信を示してきた。政治において過度な自信は傲慢につながる。有権者はそれを見逃さない。

 民主党の圧勝という選挙序盤の情勢を揺るがし始めたのは、李大統領に対する公訴取消特別検察法案の提出だった。逆風を察知した李大統領は、「具体的な推進時期と手続きについては、与党の民主党が国民的な意見の収集と熟議の過程を経て判断してほしい」と述べ、事態の収拾に乗り出した。国民の力は、公訴取消特検法を保守支持層の結集のきっかけとして活用し、かなりの成果をあげた。危機感を抱いた民主党関係者は、「選挙前に李大統領が特検の公訴取消権限を削除するよう求める意向を明らかにした方が良い」と意見を述べたが、失敗に終わった。李大統領の公訴取消への意志があまりにも強固だったからだ。

 李大統領は選挙前日の国務会議で検察の業務報告を受け、「誰にでも過ちはある。過ちを犯したら謝罪し、取り消すものだ」と述べた。李大統領が検察に公訴取り下げを指示したかのように聞こえる発言だった。

 李大統領は庶民経済視察の名目で釜山を訪れるなど、選挙介入の論争を引き起こした。「最悪の低俗な連中に支配されないために投票しなければならない」など、刺激的な表現で支持層と中道層の結集を試みた。過猶不及(何事もやり過ぎることは、足りないことと同じくらい良くないという意味)だった。

 李大統領の過剰な動きは、有権者の牽制心理を招いた。特に首都圏の民心が終盤に急速に悪化した。ソウル市のチョン・ウォノ市長候補はいわゆる「李在明が選んだ候補」だった。選挙前の世論調査や出口調査で余裕を持ってリードしていたチョン候補が落選したのは、イ大統領の責任だ。

 大統領府AI未来企画首席出身で釜山北甲(選挙区)から国会議員補欠選挙に出馬したハ・ジョンウ候補も落選した。李大統領は城南(ソンナム)市長から政治を始め、大統領の座にまで上り詰めた。大統領府政務秘書官出身のキム・ビョンウク城南市長候補の落選は、李大統領にとって痛恨の政治的敗北だ。

 チョン・チョンレ代表も責任を免れない。傲慢に見える言動で保守層の拒否感を強めた。公認過程も円滑でなく、党員や支持層の一部から怒りを買った。終盤に全羅北道知事選の収拾に追われ、集中力が乱れた。全羅北道を守るためにソウルを譲り渡したようなものだ。

 選挙以降、民主党ではチョン・チョンレ代表とキム・ミンソク首相、ソン・ヨンギル議員らによる党権争いが本格化するものとみられる。次期政権を巡る与党勢力の内部対立は、民心の離反を招きかねない。危険な状況だ。

 「国民の力」は、チャン・ドンヒョク代表の責任論と院内代表選出を巡り、内部対立に巻き込まれるだろう。しかし、中長期的には希望が生まれた。5選のソウル市長という高みに登り詰めたオ・セフン市長は、保守陣営の有力な次期大統領選候補として浮上した。ハン・ドンフン当選者も、保守革新の一翼を担うことになった。選挙は終わったが、政治は再び始まる。

ソン・ハニョン先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/politics/politics_general/1261993.html韓国語原文入力:2026-06-05 00:45
訳H.J

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