人間は貪欲な動物です。ライバルを排除するためには手段と方法を選びません。解放直後、韓国では政治家の暗殺やテロ、暴力が横行しました。野蛮の時代でした。
独裁者とクーデター勢力は政敵を殺害しました。李承晩(イ・スンマン)大統領は大統領選挙のライバルだった進歩党のチョ・ボンアム党首を死刑にしました。司法殺人でした。
1961年にクーデターで政権を握った朴正煕(パク・チョンヒ)少将は、民族日報のチョ・ヨンス社長を軍事裁判にかけ、死刑にしました。司法殺人でした。朴正熙大統領は、1971年の大統領選の対立候補だった金大中(キム・デジュン)元議員を拉致して殺そうとしました。1974年に「人民革命党再建委員会事件」を発表し、最高裁判決からわずか18時間後に8人を死刑にしました。司法殺人でした。
1980年に5・18光州事件で政権を握った全斗煥(チョン・ドゥファン)も、金大中元議員を内乱罪で逮捕し、死刑にしようとしました。1987年の民主化以降、ようやく野蛮の時代と司法殺人の時代は終わりました。いや、そう思っていましたが違いました。
軍人たちが退いた空間を法曹人たちが埋めたことで問題が生じました。法曹人は過去を裁断する人間です。是非を判断して決めることにたけています。白黒論理や善悪二分法に陥りやすいのです。
判事は審判官です。判事を長くやっていると、自分のことを無謬(むびゅう)の裁断者だと錯覚し、人をやたらと審判しだす傾向があります。検事は剣客です。強い勝利欲があります。検事を長くやっていると、人を潜在的な犯罪者と見なすようになる傾向があります。
1996年4月11日の第15代総選挙を前に、金泳三(キム・ヨンサム)元大統領はイ・フェチャン元首相を新韓国党の選対委の議長に起用しました。1997年には代表に起用しています。自分の後継者にと考えていたのです。
しかし、イ・フェチャン代表は法曹人の限界を超えられませんでした。大統領候補にはなったものの、息子の兵役問題で支持率が下がりました。焦った彼は「金大中秘密資金事件」を主張しました。当時は、政治資金については互いに触れないという不文律がありました。既成の政治家ではなかったイ・フェチャン候補は、政治資金を犯罪と認識しました。彼が後日まとめた回顧録には、このように書いてあります。
「徹夜で悩んだ私は、結局、様々な利害打算をやめ、私が抱いてきた一つの原則、すなわち何が正義なのかをもって決断することにした。資料通りなら、金大中総裁のこのような秘密資金の造成と管理は正しいことではなかった」
「いくら政界とはいえ、このような偽りと偽善が通じないようにすることこそ正義だと判断した」
イ・フェチャン候補なりの「正義の決断」は、金泳三大統領がキム・テジョン検察総長に捜査の留保を指示したことで制されました。そんなイ・フェチャン総裁自身は、2002年の大統領選挙を前に、大企業から巨額の現金を積んだ車を丸ごと供与されるという、いわゆる「トラック事件」を引き起こしました。「正義の決断」は偽善だったのです。
いずれにせよ、イ・フェチャン候補による金大中秘密資金事件の暴露は、はじまりに過ぎませんでした。1996年の第16代総選挙から主に保守政党を通じて国会に流れ込んだ法曹人たちは、政治に頻繁に司法的物差しを当てました。何かと検察に告訴告発し、裁判所に提訴しました。政治の司法化が急速に進みました。その分だけ政治の領域が狭くなるという、悪循環の沼に陥りました。
このような流れに乗ってトップにまで上り詰めた人物こそ、まさに尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領です。彼は反政治主義者です。総選挙で惨敗すると、非常戒厳を選択しました。
親衛クーデターを起こして失敗したなら、大統領職を辞すことこそ正しい道です。しかし、真っ赤なうそを並べ立てて粘っています。薄っぺらい法律の知識を用いて監獄から釈放され、今や憲法裁判所の棄却・却下決定を期待しています。良心のまったくない恥知らずのようです。
このような中、野党「共に民主党」のイ・ジェミョン代表が選挙法違反事件の控訴審で無罪を言い渡されました。判決内容を見ればわかりますが、そもそも検察の起訴が無理なものでした。にもかかわらず、与党「国民の力」は控訴審の担当法廷に人身攻撃とイデオロギー的レッテル貼りをしています。国民の力は保守政党です。保守が裁判所を直接攻撃するのは自己否定です。
それだけではありません。キム・ギヒョン議員とナ・ギョンウォン議員は3月28日に相次いで記者会見を行い、最高裁にイ・ジェミョン代表の選挙法違反事件を「破棄自判」するよう求めました。国民の力の法律諮問委員長を務めるチュ・ジヌ議員も、3月27日の非常対策委員会で同じことを主張しています。
3月29日付の朝鮮日報は「最高裁はこの事件を自ら裁判し、有・無罪の確定を」と見出しを付けた社説を掲載し、彼らの主張を後押ししました。破棄自判とはどのようなものでしょうか。刑事訴訟法396条は次のように規定しています。
「上告裁判所は、原審判決を破棄した場合、その訴訟の記録と、原審裁判所と第一審裁判所が調査した証拠によって判決するに足ると認めた時は、被告事件について自ら判決することができる」
一審と二審は事実審であり、最高裁判所の裁判は法律審です。原審判決が誤っていると判断すれば、最高裁は破棄して差し戻します。破棄自判することはほぼありません。
イ・ジェミョン代表が無罪だと最高裁が判断すれば、上告を棄却すればそれで終わりです。有罪と判断したら破棄して差し戻し、裁判をやり直させればよいのです。国民の力と朝鮮日報による破棄自判要求は、イ・ジェミョン代表の有罪と被選挙権の剥奪を前提とするものです。
一体どうしてこのようなことをしているのでしょうか。イ・ジェミョン代表の早期大統領選への出馬を阻止するためです。最も有力な大統領候補であるイ・ジェミョン代表の政治生命を絶ってほしいと最高裁に請うているのです。一種の殺人依頼です。法治を大義名分として主権在民、民主主義の原理を否定しているのです。成功するでしょうか。最高裁判所の判断にかかっています。
キム・ギヒョン議員とナ・ギョンウォン議員は元判事です。チュ・ジヌ議員は検事時代に「尹錫悦師団」の一員でしたし、尹錫悦大統領の法律秘書官も務めました。
国民の力には、彼ら以外にも法曹出身者が非常に多く存在します。クォン・ヨンセ非常対策委員長、クォン・ソンドン院内代表、大邱市(テグシ)のホン・ジュンピョ市長、ハン・ドンフン前代表が元検事です。
法曹人が保守政党を掌握することの最大の弊害は、やはり政治の司法化を加速させるということです。
政治の司法化はなぜいけないのでしょうか。民主主義を破壊するからです。国民の代表を選出する大統領選挙や国会議員選挙は民主主義の要です。にもかかわらず、イ・フェチャン総裁は検察による捜査で大統領選をひっくり返そうとしました。尹錫悦大統領は総選挙の結果を認めず、国会を解散しようとしました。
米国のスティーブン・レビツキーとダニエル・ジブラットの書いた『民主主義の死に方』という本があります。二人は、民主主義が崩壊した様々な国のケーススタディーから、民主主義崩壊の兆しを示すいくつかのシグナルを見つけました。「候補の選別という役割を投げ捨てた政党」、「ライバルを敵と見なす政治家」、「メディアを攻撃する選出された指導者」などです。
結局のところ、民主主義を守るのは憲法や法律のような「制度」ではなく、相互寛容や制度的自制のような「規範」だというのが同書の結論です。尹錫悦大統領の非常戒厳とその後に起こる一連の事態を予想して書いたのかと思えるほどです。
韓国のメディアも政治の司法化に警告を発しています。イ・ジェミョン代表の控訴審での無罪判決の翌朝、東亜日報の社説には「与野党は『政治の司法化』を止揚し国政の混乱収拾に尽力を」という小見出しがついていました。中央日報もその翌日の社説に、「与野党、相手に承服要求しながら気に入らなければ不服」、「対立調整能力を失った政治の司法化が生んだ悲喜劇」という小見出しをつけました。
まとめます。政治の司法化は、法曹出身者による法治を大義名分とする民主主義の破壊です。止めなければなりません。どうやって止めればよいのでしょうか。
第一に、国民抵抗権の発動です。韓国には1960年の4・19革命、1987年の6月抗争、2016~2017年のろうそく革命という、誇るべき歴史があります。もし法曹人が民主主義を破壊したら、国民は立ち上がって彼らを追い出さなければなりません。
第二に、「レクス・タリオニス(報復法)」です。目には目を、歯には歯をです。12・3非常戒厳は尹錫悦大統領が自身の権限を最大限に利用したクーデターでした。
国会は野党が多数を占めています。ハン・ドクス首相をはじめとする国務委員を全員弾劾訴追し、行政府をまひさせることが可能です。大統領権限代行がいなければ、国会は法律を意のままに制定し、国会議長は法律を公布することができます。
もちろん望ましい方策ではありません。今は憲法裁判所が速やかに尹錫悦大統領を罷免し、早期大統領選挙を行うのが最善です。あるいは、尹錫悦大統領が今すぐ大統領職を辞するという方法もあります。大韓民国を守るためです。みなさんはどうお考えですか。