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「朝鮮学校が怖いのか」…「反省しない日本」に鞭をとった市民たち(2)

登録:2024-02-26 07:10 修正:2024-02-26 08:09
「朝鮮学校差別反対」第555回集会現場 
訴訟を支援したが、すべて敗訴…「安定した環境で勉強できるように寄付活動
連絡会の藤永壯共同代表(左から)、長崎由美子事務局長、新井信芳さんが大阪の居酒屋前で朝鮮学校支援のために販売するTシャツを見せている=イ・ジョンヨン先任記者//ハンギョレ新聞社

(1から続く)

「朝鮮学校は日本侵略の歴史の証人」

 集会を終えた後、藤永壯共同代表、長崎由美子事務局長、新井信芳さんが大阪南の西成に向かった。ここには新井さんが運営する特別な居酒屋がある。店の壁や天井、トイレなど、いたるところにチェ・ゲバラの写真が貼られている。居酒屋に本棚があるのも興味深い。本棚には在日韓国人スパイ団事件と光州(クァンジュ)民主化運動を取り上げた本が並んでいる。

 新井さんが運営する居酒屋の名前は「グランマ号」だ。チェ・ゲバラが1956年、フィデル・カストロと共にキューバ革命を夢見て乗った8人乗りボートと同じ名前だ。3人は保守的な日本社会で革命を夢見る革命家のようだった。

 555回目を迎えた「火曜日行動」に長崎事務局長は夫とともに毎回参加する。長崎事務局長は「集会に参加する度に、早く朝鮮学校差別がなくなり、これ以上集会を開かなくていいようになってほしいと願う」とし、「集会で感じられる情熱がとても素晴らしい。子どもたちのために一つになるような情熱だ」と語った。

 彼らが朝鮮学校に関心を持つようになったきっかけがあるのだろうか。「専門研究分野が韓国近現代史なので、朝鮮学校について少し知っていました。故郷はかつて朝鮮半島との往来の関門だった下関です。在日コリアンと朝鮮学校は幼い頃から身近な存在でした。連絡会の結成時に参加し、これまで活動しています」(藤永共同代表)

 「大学を卒業した後、保育園で働いていたのですが、70%が在日コリアンの子どもたちでした。でも子どもたちのための民族教育はまったくありませんでした。それで在日コリアンの保育士とともに、『チャルモゴッスムニダ(ごちそうさまでした)』などの韓国語を教えたり、クラスの名前を『サラン(愛)』や『パラム(風)』などに変えたりしました。サムルノリを習って子どもたちに教えたりもしました。そうしているうちに、子どもたちは自分のアイデンティティにプライドを感じるようになりました。保育園を卒業した子どもたちが朝鮮学校に入学し、その子どもたちが朝鮮学校の先生になったこともあります」(長崎事務局長)

 「私は横浜で育ちましたが、家の近くに朝鮮学校がありました。そこの生徒は、けんかが強いという印象がありましたね(笑)。その後、在日コリアンの友人もでき、居酒屋に在日コリアンの人たちがお客さんとして訪れて、朝鮮学校の問題を少しは知るようになりました。朝鮮学校の差別問題を聞いた時、政治と外交問題はともかく、『常識的におかしい』と思いました」(新井さん)

市民団体「朝鮮高級学校無償化を求める連絡会・大阪」の会員たちが6日、大阪市の大阪府庁舎前で第555回「火曜日行動」を開いた後、差別撤廃を求めてファイティング(ファイト)を叫んでいる=イ・ジョンヨン先任記者//ハンギョレ新聞社

 彼らは日本政府が朝鮮学校を差別する理由は何だと考えているだろうか。藤永共同代表は「日本は日帝強占期(日本の植民地時代)から(朝鮮の)民族教育を日本体制と秩序を揺るがす問題とみて弾圧した。現在、日本政府も日本人拉致・北朝鮮核問題などを理由に朝鮮学校に対する差別を正当化している」と語った。

 長崎事務局長は「日本が植民支配と侵略戦争を反省しない状況で、子どもたちが朝鮮学校で歴史と文化を学ぶことを負担に思うため」とし、「朝鮮学校自体が歴史の証人になりうるため、弾圧しているのだと思う」と指摘した。

「牛の角を刺す蜂」となって活動を続ける

 2013年から東京、大阪、愛知、広島、福岡の5校の朝鮮学校が、無償化からの排除取り消しを求める訴訟と国家賠償訴訟を起こした。しかし、2021年まで続いた裁判は、大阪地方裁判所(一審)で一度勝訴しただけで、いずれも敗訴した。勝訴した大阪一審も最高裁では敗訴が確定した。

 連絡会は募金などで朝鮮学校の訴訟を支援した。「朝鮮学校内部でも最初は負担になる法廷闘争を積極的に望んではいなかったと聞きました。それでも乗り出さざるを得なかったのは、日本政府の差別政策を見過ごすわけにはいかず、子どもたちの未来と人間の尊厳を守るためでした」(藤永共同代表)

 「最初は(補助金支援を絶った)大阪府と交渉して交付金問題を解決しようとしました。ところが2010年に大阪のある朝鮮学校の関係者が相談しに訪ねてきたんです。当時、橋下徹大阪府知事が大阪朝鮮高級学校を訪れ、ラグビー部の練習を観戦しながら『君たちは大阪の誇り』だと言った後、補助金支給を絶ってしまいました。子どもたちの心に大きな傷が残り、政治に不信感が生まれました。それが裁判を起こした理由でした。裁判が難しいことは分かっていましたが、正義が生きていると信じたかった。しかし、正義はありませんでした」(長崎事務局長)

 裁判の結果が示すように、日本の司法府も差別的認識から自由ではない。「日本の裁判所の歴史認識の不在だと思います。植民地支配で奪った民族教育権を回復しなければならないという歴史的意味を認識できていないか、認識しようとしなかったのです。これは現在の日本社会の朝鮮植民地支配に対する歴史認識を反映するものでもあります」(藤永共同代表)

 「植民地支配と侵略戦争を認めようとしない日本の保守化した政治と関連があると思います。日本の政界が強制動員や関東大震災、慰安婦問題などに保守的な態度を示しているため、司法府も顔色を窺わざるをえないようです」(長崎事務局長)

 日本社会で少数者中の少数者である朝鮮学校を支援するのは、「牛の角を蜂が刺す」ように極めて困難なことだ。司法府まで背を向けた状況で、彼らが今後どのような活動をするかが気になった。「敗訴してもひるまない在日コリアンのオモニ(母親)たちの前向きな姿勢がどれほど力になったか分かりません。法廷では負けましたが、今回の訴訟を通じて解決しなければならない新しい課題も多く出てきました。朝鮮学校の関係者たちと市民団体、法律家たちと共に連帯して情報を集め、新しい課題を探そうと思います。いつかは解決できると信じて、再び始めたいと思います」(藤永共同代表)

 長崎事務局長は「裁判で負けた後、朝鮮学校の子どもたちは自分の存在を否定された感じがしたと言ったけれど、民族教育がどれほど大切なのかに気づき、次の世代にもつなごうと誓ったとも言っている」とし、「寄付活動を通じてもっと安定した環境で勉強できるようにしたい」と語った。

 韓国でも保守政権が発足すれば、市民団体は活動が困難になる。日本はどうだろうか。長崎事務局長は「保守的な政界とともに、保守的なマスコミが問題」だとし、「政府の見解に合わせて、市民団体活動をまともに報道しない場合が多い」と話した。藤永共同代表は「今より若い層が市民団体に多く入ってきて活動をしなければならない。もっと若い人たちが市民団体の活動に関心を持ってほしい」と語った。

 彼らは皆、韓国現代史にも詳しかった。新井さんは「全斗煥(チョン・ドゥファン)は光州(クァンジュ)で民間人を虐殺した悪い人だ」と話した。長崎事務局長はさらに「大学生時代に、金大中(キム・デジュン)死刑反対集会に参加したことがあります。当時は韓国の独裁政権でこの方(金大中元大統領)が生き残れるのか心配でした。ところが、後で韓国の大統領になったのが印象的でした」。藤永共同代表は「日本の市民社会が韓国に関心を持つようになったきっかけは、金大中救命運動だった」とし、「1980年に光州で独裁政権が残酷さを見せたが、1987年の民主化運動で韓国のダイナミックさを見ることができた」と語った。

(3へと続く)

大阪/チョン・ヒョクチュン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)
https://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/1129658.html韓国語原文入力:2024-02-2500:09
訳H.J

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