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適当に稼ごうが大金を稼ごうが、寿命に大きな差はない

登録:2023-07-04 02:25 修正:2023-07-04 10:46
[ハンギョレ21]イ・ウンヒの「老いの科学」 
所得中位グループと上位グループの平均余命・健康寿命はほぼ同じ 
健康な人生の条件は上限ではなく下限を守ること
ゲッティイメージバンク//ハンギョレ新聞社

 多くの人の人生を踏みにじり、命を奪った暴君は因果応報で命を落とします。死神でさえたたきのめしてしまうような丈夫な肉体の持ち主も、神の祝福を一身に受けて生まれたような運の良い人も、地球上のすべての土地を所有するほどの富を蓄積した人も、決して死のくびきからは逃れられません。さらに死は、今この世に産み落とされ、初めて息をした赤ん坊であっても、同情したり例外扱いしたりはしません。

 だから人は言います。あらゆることが不公平なこの世にあって、少なくとも死だけは誰に対しても公平だと。しかし私たちは知っています。誰もが死を迎えるからといって、その死に至る過程はみなが同じではないということを。

■より多く稼げばより健康でより長生きする?

 より多く所有し、より高い地位にある人は、そうでない人よりも長生きすることは、よく知られている事実です。一定の居住地を持たずにさまようホームレスの平均寿命は、韓国だけでなく世界で最も裕福だといわれる米国や欧州諸国でも40代後半です。このような極端な例でなくても、所得水準の格差は人生の長さに明らかに影響を及ぼします。

 韓国健康公平性学会が発表した「全国17広域市・道別の健康寿命、および世帯所得上位20%と下位20%との健康寿命の格差」は、これを数値でよく表しています。現代社会における寿命の公平性を示す研究は概ね、所得をその基準としています。現代社会は明確な身分制社会ではないため、社会階層を正確に定義することは難しいですが、資本主義社会において所得水準は客観的指標として比較的把握しやすいからです。

 この研究によると、全国のすべての地域で例外なく上位20%は下位20%よりも長生きしていました。地域や性別によって程度の差はありましたが、上位グループは下位グループより少なくとも3年から最大で9年も長く生き、健康寿命(平均寿命から病気や事故で円滑に活動できない期間を除いた寿命)もやはり8年から最大で14.8年も差がありました。所得の高い人は、そうでない人よりも長生きで健康だということです。

 地域別にみると、所得水準が高いことで知られるソウル瑞草区(ソチョグ)の住民の平均寿命が最も長く、全般的に所得水準の高い京畿道城南市盆唐区(ソンナムシ・プンダング)の住民間の格差が最小でした。逆に最も平均寿命が短く、所得グループ間の寿命や健康の不平等がひどい場所は、住民の平均所得も低くなっています。これは一見当たり前のように思えます。所得が低い人ほど、体を酷使したり病気になったりしてもまともに治療を受けられない可能性が高く、健康を保つために運動と食事に投資するよりも日々を生きることで精一杯である可能性がありますから。

■「金のスプーン」のハイエナは同世代より8年以上生きる

 このような現象は自然界でもみられます。アリやミツバチのような社会性昆虫は、女王は働きアリや働きバチよりもはるかに長生きします。働きバチは羽化後、平均で4~6週間しか生きられませんが、女王バチはこれよりはるかに長く2~5年も生存します。アリも同じで、女王アリは働きアリより少なくとも10倍以上は長生きします。

 群れで生き、アルファメスの指導の下に階級社会を成すブチハイエナでは、階層は特に幼い個体の寿命に絶対的な影響を与えます。アルファメスから生まれ、母親の支持と保護を受ける子ハイエナは、そうでない子より平均で3千日以上長生きします。自然界でのブチハイエナの平均寿命が12年前後であることを考慮すると、どの階層で生まれてどれだけ多くの社会的支持を受けたかということは、彼らにとって単に少々長生きできるというようなものではなく、生存そのものを脅かす絶対的要素として作用します。

ソウル駅前広場でホームレスの人々が時を過ごしている=ペク・ソア記者//ハンギョレ新聞社

 世が不公平なのは知っていましたが、このように数字で見ると改めて脱力します。さらに、この効果は人生のかなり早い時期から未来に影響を及ぼします。

 『保健社会研究』に掲載された「生涯過程の社会経済的地位と老年期の健康」という研究によると、児童期初期の経済的貧困は、その子どもが老年期にさしかかかった時に、身体の健康を脅かす要素になるそうです。幼い時期にきちんとした支援を受けられなかった子どもは教育水準が低くなる可能性が高く、それは中年期の所得を減少させる原因となり、それによって老年期の健康にも不利な影響を及ぼす要因になるということです。貧困が数十年ついて回って影を落とすというのは、いつからか韓国社会に広範に広がった自嘲混じりの「スプーン階級論」が客観的な研究指標に裏付けられているようで、苦々しい思いがします。

■免疫力も親譲りのヒヒ

 このような現象は、医学が発達するほど深刻化する可能性が高くなっています。イブ・ヘロルドは著書『Beyond Human 超人類の時代へ』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)で、未来の普遍的市民「ビクター」の平凡な暮らしの様子を提示します。ビクターの住む世の中は医学が高度に発達し、人間の身体機能を代替する方法が非常に多様な世の中です。2型糖尿病は人工すい臓を移植して完治しており、事故で失った腕の代わりに元のものと同じスマート義手を使っているビクターは、末期心不全になると故障した心臓を人工心臓に取り換え、100歳を過ぎても40歳を過ぎたばかりの人のように健康に生きていきます。

 移植された人工臓器は完璧に機能しますが、ビクターがいつまでそのような状態で生きていられるかは、彼が人工臓器の負担にどれだけ耐えられるかにかかっているでしょう。いくら精巧な人工臓器だとしても、いつかは耐用年数が過ぎて交換する必要が生じるでしょうし、いつかビクターがその交換の負担に耐えられなくなった瞬間、彼には延期されていた死が訪れるでしょう(もちろんその前に、ひどく長くなった人生にうんざりしたビクターが、恣意的にそれ以上の延長を選択しない可能性もありますが)。

 社会経済的地位の差は、単に医療サービスや健康管理へのアクセスを低下させ、寿命と健康に影響を及ぼすだけではありません。実際に、社会経済的地位の差は体の炎症反応とDNAの損傷度にも影響を与えます。

ドイツのミュンヘンのある動物園の野外オリで、ヒヒが体温を保つために体を丸めている/ロイター

 米国の研究者たちは、群れで暮らすヒヒを研究しました。ヒヒは、野生では50匹ほどが一つのグループを作って暮らしています。メスは母親の社会的地位をそのまま継承しますが、オスは競争によって階層が決まります。研究陣は、ヒヒのオスの遺伝子の発現を調査し、序列上位のオスは下位のオスより先天的に免疫力が高く、特に各種の炎症に抵抗する遺伝子の発現率が高いことを発見しました。

 医療システムのない自然状態において、ある個体の免疫力がほかの個体より高いということは、その個体がより長く、より健康に生きていく上で決定的な基礎となります。同様の研究はヒトに対しても行われましたが、これについて明確に語るには、さらに継続的な縦断研究が必要です。

■経済的疎外がなくなってはじめて長寿社会といえる

 所得上位集団が下位集団より長生きで健康であるなら、長寿を享受するために私たちはとりあえずできるだけ多く稼ぐべきなのでしょうか。必ずしもそうではありません。所得と健康・寿命が比例関係を示すのは事実ですが、所得が増えるほどその傾きは緩やかになるからです。韓国統計学会が2017年に発刊した「国民健康保険の標本コホートDBを用いた韓国人の健康期待寿命の研究」はこれをよく示しています。

 この研究でも、明らかに所得上位層は所得下位層より平均余命と健康寿命が長くなっています。ですが中位所得(下位21%以上~上位31%以下)のグループの平均余命と健康寿命を表に加えると、グラフの傾きにはっきりとした変化がみられました。中位所得グループの平均余命と健康寿命は、上位グループと特に差はありませんでした。つまり、貧困の一定線を超えると、その後は所得の多さ・少なさが寿命や健康に与える影響は、かなり小さいということです。

 この結果の注目すべき点は、より多く稼げば寿命がより長くなり、より健康になるということではなく、人間が享受すべき基本事項の下限ラインさえきちんと守れば、人間はいくらでもより長く、より健康に生きられるということです。もしかしたら、健康に長生きする最良の方法は、他人よりも多く稼ぐために上ばかりを眺めてもがくことではなく、ほとんど人が享受することから疎外される人が出ないよう、隣りに目を配ることかもしれません。

イ・ウンヒ|科学コミュニケーター (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/science/science_general/1098483.html韓国語原文入力:2023-07-03 15:29
訳D.K

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