韓米は、両国の合同演習である「乙支自由の盾(UFS)演習」を22日から9月1日まで実施している。このニュースを伝えた23日付の朝刊各紙は、1面に韓国軍の戦車、自走砲、在韓米軍の攻撃ヘリコプターが動く緊張感のある写真を大きく掲載した。
大統領室のカン・インソン報道官は22日、「縮小されていた韓米合同訓練を正常化するとともに、連隊級以上の野外機動訓令を再開して、韓米連合防衛態勢を根本的に強化したもの」と今回の演習の意味を説明した。大統領室がこのように公式に説明したのだから、新聞は1面写真で兵力と装備が動く野外機動訓練の再開の様子を、それが実感できるように示そうとした。
尹錫悦政権発足で野外機動訓練再開? 韓米合同訓練の正常化?
だが「野外機動訓練の再開」との主張は事実とは程遠い。もともと1年間にいくつかに分けて行われていた13の訓練が今回の合同演習期間にまとめて行われるため、「再開」や「復活」ではない。厳密に言えば「訓練時期の調整」だが、大統領室は「正常化」だとして過度に意味付けしたのだ。
「野外機動訓練を再開することによって、縮小されていた韓米合同訓練を正常化した」というのも気になる主張だ。通常、韓米訓練と言えば、完全武装した兵士が忙しく走り回り、地面では戦車と大砲が火を噴き、空と海では戦闘機と軍艦が動き回る様子が頭に浮かぶ。
2018年以降、主な韓米合同訓練はコンピューター・シミュレーション中心で行われ、昨年1月にはロバート・エイブラムス韓米連合司令官(当時。在任期間2018.11~2021.7)の「不満」が報道されている。同氏は「合同訓練がコンピューターゲームになっていくのは困る」とし、「野外機動訓練のないコンピューター訓練では連合防衛能力に支障が生じる」と語った。朝鮮半島防衛の責任を負う現役の米陸軍大将のこのような主張には、誰も反論できなかった。その後、実際の兵力と装備が動いて実弾、砲弾を発射してこそ本物の訓練であり、コンピューター・シミュレーション方式は非正常だという人々の信念は一層強化された。「訓練しない軍隊は軍隊ではない」という主張も勢いづいた。これを礎として尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権は「野外機動訓練を再開することによって、縮小されていた韓米合同訓練を正常化した」と主張する。
前司令官エイブラムスと元司令官ブルックス、実動訓練めぐり異なる主張
保守メディアは、昨年8月の韓米合同演習の前にも、コンピューターを基盤とする指揮所合同訓練(CPX)方式へと訓練が縮小実施されるとして批判した。しかし、エイブラムス司令官の前任者であるビンセント・ブルックス元連合司令官(在任期間2016.4~2018.11)は昨年7月の「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」とのインタビューで、全く異なる話をした。ブルックス元司令官は「8月の合同訓練の要は指揮所演習」だとし、「大規模実動訓練の未実施を訓練の縮小だと断定する報道が続いている状況は理解できない」と主張した。ブルックス元司令官は、一部のメディアが報道する数千から数万人規模の兵力を動員する実動訓練は、1996年のチームスピリット合同演習の中止以来、実施されていないと述べた。同氏は「戦術的次元の実動合同訓練は1年中、中断なく実施している」と語った。6カ月前のエイブラムス司令官の発言を大きく報道した韓国メディアは、ブルックス元司令官の発言を無視した。
2020年1月の米下院軍事委員会の公聴会で、統合参謀本部のデイビッド・オルビン戦略政策担当局長(当時)は「韓米は実動訓練を大規模な韓米合同演習の内容の88%水準で行っている」とし「大規模合同訓練の中断後も、計273の訓練を行ってきた」と述べている。
韓米連合軍司令部の元作戦参謀である民主主義防衛財団(FDD)のデイビッド・マクスウェル主任研究員も昨年7月、「3月と8月の韓米合同演習の本質は、戦略的観点から重要度の高い朝鮮半島有事に備えた指揮所演習であり、実動訓練は補助的訓練の一環だ」と述べた。FDDは米国ワシントンの保守系シンクタンクだ。
エイブラムス司令官は指揮所演習を「コンピューターゲーム」とけなしたが、ブルックス元司令官らは指揮所演習こそ合同演習の要、本質だと真逆の主張を展開した。どちらが正しいのだろうか。まず、合同演習と指揮所訓練とは何であり、どのような関係にあるのかを見てみよう。
乙支自由の盾(UFS)演習は「韓米合同演習」だ。ほとんどの人は、「訓練」は馴染みがあるものの「演習」は馴染みがない。政府当局でさえ「韓米訓練」と言う。軍事用語では、訓練と演習は全く意味が異なる。演習(Exercise)とは、作戦計画を実施する戦時作戦実施手続きの習熟過程だ。よく韓米訓練と呼ばれるUFSなどは、正確な軍事用語では「訓練」ではなく「演習」だ。
訓練(Training)とは「戦術諸隊の個人および部隊が与えられた任務を効果的に遂行できるよう、技術的知識と行動を体得するための組織的な熟練過程」だ。第一線の小規模な諸部隊が行う遊撃訓練、射撃訓練、化学・生物・放射性兵器訓練などを考えれば分かりやすい。
UFSの目的は、朝鮮半島での全面戦争に備えて韓米が立てた戦時作戦計画を、軍の主な指揮官と参謀たちに熟達させることだ。この作戦計画の要は、米軍の増援戦力の受け入れ-待機-前方への移動-統合(RSOI)だ。朝鮮半島有事の際には、米国本土などから大規模な米軍の兵力と装備がやって来ることになっている。RSOIとは、米本土などからやって来る兵力や装備を前方に投入する前に待機させ、準備が整えば前線に移動させ、すでに戦っている戦力と統合して戦闘する状況のことをいう。
指揮所演習が中心、実動訓練は補助
計画の上では、有事の際には米軍の増援戦力は兵力69万人、海軍艦艇160隻、航空機2000機の規模となる。これほどの規模の米軍増援戦力が朝鮮半島で実動訓練を行う場所はない。コストも途方もなくかかる。そこで、1993年3月のチームスピリットから、実動訓練中心だった演習方式を脱し、コンピューターのウォーゲームを用いた指揮所演習を新たに導入したのだ。時間が経つにつれ、指揮所演習が韓米合同演習の中心となっていった。実動訓練は補助的なものだ。
韓米は全面戦争を想定し、朝鮮半島全域を対象とする戦区級演習を上半期(3月)、下半期(8月)に分けて年に2回行う。韓米合同演習はその特性上、指揮官と参謀がコンピューター・シミュレーション方式で行わざるを得ない。これこそ、ブルックス元司令官が合同演習の要は指揮所演習だと言った背景だ。
23日に国防部や海軍などが公開したUFSの写真を見ると、韓国と米国の軍人たちがコンピューター画面の前に並んで座り、討議している。攻撃ヘリと戦車が出動する緊張感漂う朝刊各紙の1面写真とは雰囲気が異なる。
何が今回の演習の本質なのだろうか。じっくり考えてみるべき問題だ。スウェーデンの聖者ビヨン・ナティコ・リンデブラッドはこのように語った。「私も間違いを犯す可能性があります。実に単純で明快な真実ですが、私たちはあまりにも簡単に忘れてしまいます」