「その著書はいかなる政治的意図もなく、国際政治と韓米関係を生涯にわたり専攻してきた学者として、個人的信念と分析を込めた文章です」
30日夜9時15分。外交部報道官室が担当記者たちに思いがけない長文のショートメッセージを送ってきた。外交部の次官級公務員である国立外交院のキム・ジュンヒョン院長がこのたび刊行した『新たに読む韓米関係史―同盟という逆説』(創批)の中で、韓米同盟について下した次のような評価のためだった。
「70年の長い時間を経て韓米同盟は神話となり、韓国は同盟中毒となっている。これは、韓国が直面する分断構造と劣悪な対外環境の下においては避けられない選択だったという側面があるにもかかわらず、圧倒的な相手による「ガスライティング」現象と似ている」
予想通り、30日から31日にかけての保守メディアには、政府傘下の研究機関であり、次官級公務員である国立外交院長が明らかにした「同盟認識」としては不適切だとの趣旨の記事があふれた。
キム・ジュンヒョン院長は31日、本紙との電話インタビューで、自らに対する非難について、「同書は、外交部の政策ラインにいる人間ではなく、外交院に勤める一人の学者としての考えを書いたものだ。5年前から計画していた本だったのだが、昨年のコロナ禍の影響で机に座っている時間が多かったので書くことになった」と切り出した。「ガスライティングという用語そのものは、私が初めて使ったものではない。慶南大学のキム・グンシク教授(政治学)が、(2020年6月に)文在寅(ムン・ジェイン)政権に向かって『北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長にガスライティングを受けている』と指摘している。文在寅政権の外交政策を攻撃するのは良いが、誤った例えではないかと思った。ガスライティングが成立するには仲が良くなければならず、圧倒的な強者と弱者との間で発生するもの。その圧倒的な支配力で、相手の合理的判断力と現実感を失わせ、統制力を行使するのがガスライティングだ。南北関係はこれには当たらないと考えた」
このような点からキム院長が目を向けたのは、韓米関係だった。誰かが韓国をガスライティングしているとすれば、その主人公は北朝鮮ではなく、韓国唯一の同盟国であり、圧倒的強者として君臨してきた米国だと考えるようになったのだ。「北朝鮮の吹っ掛ける無理難題がガスライティングだというのは間違いだ。むしろ韓米関係を説明する上で、この用語が効果的ではないかと思った」
韓国が米国にガスライティングを受けているという主張に対する評価は、人によって異なりうる。いずれにせよ、韓米同盟を望ましい方向へと導くには、どうすべきなのだろうか。キム院長は同書で「同盟を『解体』しようという過激な主張ではなく、同盟の『中毒』から目覚め、韓米同盟を言うべきことは言う同盟にしよう」と述べている。同氏は「(朴槿恵(パク・クネ)政権時代に)ユン・ビョンセ外交長官が述べたように、韓国が米中双方からラブコールを受けているとして楽観しすぎるのも違うが、両大国の板ばさみになっているとして悲観的に考えすぎる必要もない」と語る。キム院長が同書で、韓国が言うべきことを言い、韓米同盟を強化して韓国の国益を最大化させた例として挙げるのは、1998~2000年の「ペリープロセス」の経験だ。
北朝鮮が1998年8月31日に、初の長距離弾道ミサイル技術を用いた「テポドン1号」を発射すると、東アジア情勢は一気に冷え込んだ。日本の領空を通過して西太平洋に落ちたミサイルに、日本は憤った。これは、米国にとっては黙過しがたい安保に対する脅威だった。ビル・クリントン政権の前向きな対北朝鮮政策は、全面的な再検討と修正へと追い込まれることになる。1998年11月、クリントン大統領は、ウィリアム・ペリー前国防長官を対北朝鮮政策調整官に任命した。彼は、1994年春の第1次北朝鮮核危機の際に、北朝鮮に軍事的措置を取るべきと主張した代表的な強硬派だった。しかし当時の米国の北爆計画は「特定地域に限定した精密攻撃」だとしても、開戦初期の3カ月で米軍の死傷者5万人、韓国軍49万人、民間人100万人以上という被害が出るとの米国防総省の予測のため、実行されなかった。
太陽政策の設計者であるイム・ドンウォン元統一部長官の回顧録『ピースメーカー』などを見れば、当時の韓国政府が「強硬派」ペリーを説得するために、どれほど真剣な外交努力を傾けたかが分かる。イム元長官は「北朝鮮の核開発や中長距離ミサイル開発の動機は、朝鮮半島の冷戦構造に起因する。したがって個別問題が発生する度にこれに対応する対症療法によっては、問題を解決することはできない」とし、対北朝鮮包容政策を支持してくれるよう説得した。結局、ペリーは1999年10月に、短期的に北朝鮮はミサイル発射を自制し▽中長期的には北朝鮮の核・ミサイル開発計画を全面的に中止させるよう誘導し▽究極的には朝鮮半島の冷戦を終息させる、との内容を骨子とする報告書を完成させた。ペリーは、それに先立つ3月に中間報告書の内容を金大中(キム・デジュン)大統領に説明した際、「(私の意見は)、イム・ドンウォン首席が提示した戦略構想を盗用、焼き直して、米国式の表現で再構成したに過ぎない」と語った。これを通じて「朝鮮半島運転者論」という新たな用語が誕生した。
キム院長は「米国を意識しすぎる必要はない。米国も我々の変数だ。韓国の利益のための手段と見るべきだ。米国を過度に恐れたり難しく考えたりしてはならない」と述べた。続いて同氏は、米中対立が先鋭化していることから、「ドイツ、フランスなどの欧州諸国が国際的な集団リーダーシップを構築しようとすることで、リーダーシップの空白を埋めようとする動きもある」と付け加えた。
キム院長の新たな著書『新たに読む韓米関係史―同盟という逆説』は、こうした批判的視点に立って、1882年の朝米修好通商条約から2019年のハノイ決裂までの、韓国と米国が関係を取り結んできた140年の歴史を振り返る本だ。似たような見地から日米同盟を批判的に回顧した本としては、外務省国際情報局長を務めた孫崎享の『米国は東アジアをいかに支配したか』(2013、メディチ、日本語原書は『戦後史の正体 1945-2012』2012、創元社)がある。孫崎元局長も、米国が自国の利益の最大化のために日本の政治を歪曲した多くの例を紹介しつつ、日本は自主的外交を推進すべきだと主張する。同書を翻訳したのは聖公会大学のヤン・ギホ教授で、世宗研究所のムン・ジョンイン理事長が解説を書いている。ムン理事長はキム院長の著書も「得がたい力作、強く一読を勧める」と評している。ムン理事長、キム院長、ヤン教授いずれも韓国の「自主外交」を重視するいわゆる「延政(延世大学政外科)ライン」であることを考えると、孫崎からムン・ジョンインを経てキム・ジュンヒョンへとつながる一連の知的流れが「偶然」だとは思えない。