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性暴力に抵抗して舌をかんだとして有罪…56年ぶりの“MeToo”

登録:2020-05-04 10:27 修正:2020-05-04 13:08
「性的暴行の正当防衛」再審請求するチェ・マルジャさん 
1964年、性的暴行に抵抗し 
男の舌を噛んだ疑いで重傷害罪で処罰 
加害者・検察・裁判所ともに 
チェさんを非難し、長い苦痛の一生
18歳の時、自分に性的暴行を犯した男性に抵抗し傷害を負わせた疑いで有罪判決を受けたチェ・マルジャさんが56年ぶりの再審請求を準備し、先月30日、「釜山女性の電話」事務所でハンギョレのインタビューに応じている//ハンギョレ新聞社

 2018年12月、当時72歳だったチェ・マルジャさんが「韓国女性の電話」を訪ねた。同年1月、ソ・ジヒョン検事がアン・テグン元法務部検察局長のセクハラを告発し、3月にはキム・ジウン氏がアン・ヒジョン前忠清南道知事の性暴力を暴露した。ニュースを通じて社会のあちこちからあふれ出る「MeToo」告発に接したチェさんは憤った。そして、50年以上自分を「加害者」と規定してきた韓国社会の矛盾を告発することに決めた。

 1964年5月6日夕方。18歳だったチェさんは、自分の家に遊びに来た友人らを送るために家を出たところ、当時21歳だったN氏と出くわした。危険を感じたチェさんは、まず友人を家に帰さねばならないと思い、N氏を他の道に行くよう誘った。すると、N氏は突然チェさんを押し倒し、キスしようと襲い掛かった。チェさんは転んで道に置かれた石に頭をぶつけた。N氏は性的暴行をしようとし、チェさんは何かが口の中に入ってきたのを感じ「このまま息が詰まって死ぬかもしれない」と思い、その何かを噛んで抵抗した。N氏の舌が1.5センチ切られた。

 チェさんはこの事件で翌年1月、釜山地裁刑事部(イ・グンソン裁判長)で懲役10カ月に執行猶予2年を言い渡された。裁判所は「重傷害罪」だとした。一方、N氏の性暴力は罪として認められなかった。N氏には、性暴力を加えた後、チェさんの父親の家に侵入して脅迫した特殊住居侵入と特殊脅迫容疑だけが適用された。N氏はチェさんより少ない懲役6カ月に執行猶予2年の判決が下された。

 「私は被害者なのに、どうして加害者になるのですか。あいつが加害者なのに私だけ拘束されて、6カ月以上刑務所にいました。『私に過ちはない』『正当防衛だと思う』と数え切れないほど話しましたが、検事は『私が過ちを認めて反省している』と言い、判決文にも検事が話した通り出ていました」。チェさんは6日、「韓国女性の電話」とともに釜山市蓮堤区巨堤洞(ヨンジェグ・コジェドン)の釜山地裁前で記者会見し、性的暴行を試みた男性に抵抗し男性の舌の一部を切った疑いで有罪判決を下した裁判所に、56年ぶりに再審を請求する予定だ。

 性的暴行事件以降、チェさんはむしろ窮地に追い込まれた。周囲ではしきりにN氏との結婚を勧めた。「結婚すれば簡単に終わるじゃないか」という反応だった。弟は「父さんに殴られて死ぬぞ」と言ってチェさんに逃げるよう言った。結局、チェさんは身をいたわる暇もなく家の外をさまよわなければならなかった。その間、自宅に警察が訪ね、新聞記者が訪ねてきた。「家では『この娘め、叩き殺してやる』と大騷ぎでした」

 一方、N氏は堂々としていた。N氏はその日以降、友人など10人余りを連れてチェさんの家を訪れ、凶器を机に差し込んで乱暴を働いた。「俺を不具にしたから殺す」と言った。結局、チェさんの父親はチェさんが拘束されている間にN氏に金を渡して示談した。「娘が6カ月以上拘束されているのを見かねたようだ」とチェさんは振り返った。

 チェさんを罪人扱いしたのは、検察と裁判所も同じだった。2カ月間続いた取調べで検事はことあるごとに「(加害者と)結婚したら簡単ではないか」「悪い奴だ。女が男性を不具にした」といった発言をした。その度にチェさんは「最善を尽くして反抗しただけだ」「正当防衛だ」と抗弁したが、黙殺された。「一番悔しいのは検事室で強圧的に取調べを受けたこと。検事が殴るふりをして罵倒しながら『お前が故意にやったんだろ?』『計画的な犯行だろ?』と言い続けるので、取調べをを受ける日には『今日また死ぬんだ』と思い、気が遠くなりました」

 警察は検察に事件を渡す際、N氏に特殊住居侵入と特殊脅迫容疑のほかに強姦未遂容疑を適用しようという意見を出したが、検事は強姦未遂容疑を除いて起訴した。それでも検察はN氏に懲役8年を求刑し、チェさんには短期1年から長期3年を求刑した。しかし、裁判所の判断は状況をさらに悪化させた。釜山日報の1964年10月22日付4面を見ると、裁判長もやはりチェさんに「最初から被告に好感があったのではないか」とか「被告と結婚して暮らすつもりはないか」と聞いた。チェさんはすべて否定したが、裁判部は判決文で「犯行場所と家はわずか100メートルの距離にあり、犯行場所で大声を出せば十分に周囲の家に聞こえたはずだ。N氏の強制キスが、チェ氏に反抗できないほどびくともできないようにしたのではない。舌を噛んだチェ氏の行為は防衛の度を越したもの」と判断した。

1964~1965年当時の事件関連の報道//ハンギョレ新聞社

 性暴力被害と検察・警察の過酷な捜査、事実と異なる有罪判決まで。8カ月間チェさんが経験したことは、彼女にトラウマとして残った。隣人たちはチェさんに後ろ指を差した。裁判が終わった後、3、4カ月は自宅の外へ出られなかった。結局、家から遠く離れた地域に部屋を借りて一人で暮らした。家では結婚を勧め続け、押されるように結婚した後、息子を生んですぐに離婚した。

 ワイシャツ工場や露天商などを転々としながら一人で生計を立てるつらい歳月を耐えながら、いつか時が来たら勉強しようと心に決めた。63歳になった2009年になってようやく、学ぶ機会を逃した満18歳以上の女性のための2年制の中学・高校があることを地元の新聞で知った。昨年8月、韓国放送通信大学文化教養学科を卒業し、卒業論文で女性の暮らしと歴史に関する論文を書き、自分が経験したことも一緒にまとめた。論文をあらかじめ読んだ同じ学校に通う知人が、黙ってチェさんを抱きしめ「姉さん、今までどうやって耐えて生きてきたの。この恨みを一緒に晴らそう」と言った。チェさんが「韓国女性の電話」を訪れることになったきっかけだ。

 刑事訴訟法第420条の再審請求事由には、「証言や証拠が虚偽であることが立証されるなど、捜査過程での違法性が見つかった場合」がある。法務法人「チヒャン」のキム・スジョン、イ・サンヒ弁護士らチェさんの法律支援団は、検察捜査の違法性を突き止め、再審申請をする計画だ。イ・サンヒ弁護士は「被害者が元々は不拘束状態であったが、検察の捜査段階で突然拘束された。その過程で被害者は令状も見せられず、なぜ拘束されたのか理由も知らなかったと記憶しており、それ自体が違法捜査だとみている」と話した。

 カギは当時の捜査過程などが書かれた裁判記録を見つけることだ。検察保存事務規則第8条(保存期間)は、刑の時効が完成するまで事件記録を保存すると規定している。ならば、チェさんの事件記録はすでに廃棄されている可能性が大きい。ただ、国内外で重大であったり検察業務に特に参考になる事件に関する事件記録は準永久的に保存する。当時、同事件が大きな話題になっただけでなく、その後同様の事件の最初の判例にも取り上げられ、法学を学ぶ人の教材で正当防衛行為の部分に掲載されるほど重要な事件だった。したがって、チェさんの事件記録が検察庁に残っている可能性も排除できない。京畿南部ひまわりセンター所長のチャン・ヒョンユン亜洲大学病院精神健康医学科教授は「一般的に暴力被害者は、周りの人々と社会、国のレベルで加害者の行動が間違っており被害者は過ちがないと認める手続きがあってこそ、その次の人生を生きることができる」とし「再審を通じて正義を取り戻し、また他の被害者たちに希望を与えるなど肯定的な意味を探しだし、心理的に(事件を)結論づける過程が必要だ」と述べた。

チェ・マルジャさんが先月30日、「釜山女性の電話」事務所でハンギョレとのインタビューを終え、家に向かっている//ハンギョレ新聞社

 チェさんも同じことを言った。「この時代でも保護を受けられず、悔しさを自分一人で抱えて打ち明けられない人たちがものすごくたくさんいるはずです。その人たちが機会があれば堂々と出て事実を明らかにし、悔しさを、傷を回復してくれれば。 そして私を見て勇気を出して堂々と生きていってほしいです。堂々とした人なのですから」

釜山/文・写真:オ・ヨンソ記者 tesomiom@donga.com

https://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/943501.html韓国語原文入力:2020-05-04 09:20
訳C.M