登録 : 2017.06.06 23:34 修正 : 2017.06.07 07:16

「移動する追悼碑・アスファルト上の追悼祭はもう終わらせる」 
13日に15周忌迎え、楊州の事故現場に平和公園推進 
9年間中断された真相究明活動も再開

在韓米軍が2002年9月事故現場に建てたシン・ヒョスン、シム・ミソンさん追悼碑。市民団体は「不慮の事故で死亡した」と書かれた米軍側の追悼碑の横に募金で作った追悼碑を建て平和公園を造成する計画だ=シン・ヒョスン、シム・ミソン15周忌追悼行事共同準備委員会提供//ハンギョレ新聞社
 「国民の力で追悼碑を作ったように、平和公園も国民の支持と声援で作ります。死んだ後ですら安らかに眠れず、あちこち場を移す追悼碑やアスファルトの追悼祭はもう終わらせ、真相究明に再び取り組まなければなりません」。故シン・ヒョスン、シム・ミソン15周年追悼行事共同準備委員会のパク・ソクブン準備委員は5日、ハンギョレとの電話取材でこのように語った。

 2002年、米軍の軌道車両に轢かれて死亡した女子中学生のシン・ヒョスンさん・シム・ミソンさんの15周忌を迎えて、京畿道楊州市(ヤンジュシ)広積面(クァンジョクミョン)の事故現場に追悼碑と平和公園を作ろうという国民の寄付金が相次いでいる。募金を始めてから半月で、平和公園造成の趣旨に共感した国民や民主労総をはじめとする26の市民社会団体の会員400人が3千万ウォン(約300万円)余りを集めた。

 準備委員会は最近、ミソンさん・ヒョスンさん追悼碑「少女の夢」と平和公園が建設される事故現場の敷地366平方メートル(111坪・地価1億1100万ウォン<約1100万円>)の売買契約を締結した。準備委は平和公園の造成に3億ウォンほどがかかると見ており、9月末まで事業費を募金する予定だ。これまでは、土地の所有者が事故が起きた平和公園の敷地の売却を拒否したため、2012年の10周期を迎え市民600人余りの寄付で作られた追悼碑は、追悼行事のたびにトラックに積んで場を移さなければならなかった。高さ2.4メートル、横1.8メートルの大きさの鉄製の造形物二つ一組の追悼碑は、「日本軍慰安婦少女像」を作った彫刻家のキム・ウンソンさん、キム・ソギョンさんが製作した。

 中学校2年生だったミソンさん・ヒョスンさんは2002年6月13日、友達の誕生日パーティーに行くために楊州市広積面の歩道のない地方道路に沿って歩いていたところ、訓練を終えて復帰中だった在韓米軍の軌道車両に轢かれて死亡した。この事件の真相究明活動は2009年まで地道に進められたが、その後中断された状態だ。パク・ソクブン準備委員は「2005年に議政府(ウィジョンブ)地検から受け取った捜査記録を通じて『米軍運転兵は女子中学生を見ることができ、運転兵と通信兵の間に通信障害はなかった』という決定的な事実を突き止めたが、捜査記録の核心の内容が抜け落ち、隠蔽され、裁判記録も一部しか見ることができなかった」と話した。パク委員は「今回追悼碑と平和公園を作るのは、事故現場を保存し真相究明と責任者処罰、在韓米軍地位協定(SOFA)の改正など古い課題を国民の力で解決していくという意味だ。新政府の支援を期待する」と話した。

 13日に開かれる今年の追悼祭には、14年ぶりにミソンさん・ヒョスンさんの父など遺族らが出席する予定だ。遺族たちはこれまで市民社会団体が開く追悼祭には出席しなかった。

後援口座:国民銀行750601-01-221393(追悼祭)、お問い合わせ: +82-2-712-8443.

パク・ギョンマン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2017-06-06 11:16
http://www.hani.co.kr/arti/society/area/797661.html 訳M.C(1585字)

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