登録 : 2017.04.06 06:44 修正 : 2017.04.06 08:22

晋州民間人虐殺遺骨発掘現場で発見されたカービン小銃の銃弾と弾皮=晋州/キム・ポンギュ先任記者//ハンギョレ新聞社
 理由もなく国家の銃口の前に死んでいった民間人の遺骨とともに発見されたカービン小銃の銃弾と弾皮。冬も終わりの2月26日、慶尚南道晋州市(チンジュシ)鳴石面(ミョンソクミョン)龍山(ヨンサン)峠で「朝鮮戦争期民間人虐殺遺骨発掘共同調査団」の団員たちは、凍った地面が解けてぬかるんでいる土を注意深く掘り返した。発掘は李明博(イ・ミョンバク)政権が始まって中断され、去る2014年の1次発掘以後、今回2次発掘として再開されたものだ。

 筆の先から姿を現わすそれは、木の枝なのか人の骨片なのか区別が難しい。あまりに長い歳月が流れた。

 遺族であるチョン・ヨンジョ氏(68)は「事変っ子(1950年生まれ)」だ(訳注:朝鮮戦争を「6・25事変」とも呼んだ。老年層の中には今でもそう呼ぶ人もいる)。彼がまだ母親のお腹の中にいる時、父は警察に連れていかれて亡くなった。大人になってから彼がいくら勉強しても公務員試験に落ちてばかりなので、祖母と母親に聞いてみたという。彼は「(その時初めて)父が保導連盟員として無念の死に遭ったことを知り、その後連座制にかかっていることを知った」と言った。公務員になるのをあきらめて中東労働者としてリビアへ行こうとしたが、リビアには北朝鮮大使館があったためその道も挫折となった。彼はもしや子供たちの将来に障害になるのではという心配から、お祖父さんについては一切話していないという。このように代を継いで被害者はいるのに、民間人大量虐殺の加害者はいない。

 遺族会は晋州地域だけで虐殺地域が26カ所、犠牲者は2千名を越えると把握している。現場には全国から集まった学生や市民で構成されたボランティアたちが遺骨発掘を手伝っていた。あるボランティアは「はじめは人の遺骨を見たらぞっとするのではないかと心配だったけれども、長い歳月を経て姿を現わした犠牲者の遺骨は木の枝のように見えた」と言った。 ちょうど冷たい風が止んで遺骸埋葬地に日が差し込んだ。ボランティアが腰を屈めて膝をつき腹を地面につける。遺骨を覆っている赤土を筆と竹錐で注意深く落としていく。無念に死んでいった人も無力な民間人であったし、67年後に彼らの遺骨を発掘する人も民間人である。 果して彼らにとって、また私たちにとって国家とは何か。

晋州/キム・ボンギュ先任記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr)

韓国語原文入力: 2017-03-30 19:22

http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/788714.html 訳A.K

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