登録 : 2017.01.17 00:24 修正 : 2017.01.17 20:05

「慶尚南道原爆被害者支援条例」、被害者の範囲に子孫も含める

慶尚南道陜川に住む韓国原爆2世患友会の会員たちは毎週水曜日「韓国原爆2世患友生活憩いの場」に集まり、一緒に食事しながら楽しい時間を過ごす=陜川チェ・サンウォン記者//ハンギョレ新聞社
 夫のチョン・ヨンヒョンさん(48)が「コーヒーもおいしいし、うさぎの絵を描くのも面白いです」と、「韓国原爆2世患友生活憩いの場」を説明した。

「私はコーヒーよりペペロのお菓子の方が好き」

 隣にいた妻のホ・ジンヨンさん(48)が夫の言葉に割り込んだ。するとチョンさんは「黙っていなよ、私が説明してるんだ」と言い、説明を続けた。とつとつとした喋り方のために、何度改めて聞いても彼らの言葉を理解することは簡単ではなかった。しかし二人は止まることなく笑い、対話を交わした。子どもよりも純粋で仲のいい夫婦だった。

 この夫婦は、昨年の夏から慶尚南道陜川郡(ハプチョングン)の「韓国原爆2世患友生活憩いの場」で暮らしている。二人の両親は1945年8月6日、日本の広島で原子爆弾によって被爆した原爆被害者だ。1969年生まれの同い年のチョンさんとホさんは、遺伝性疾患であるダウン症候群を持って生まれた。親から原爆の被爆後遺症が受け継がれたものと推定される。

 憩いの場を運営する韓国原爆2世患友会のハン・ジョンスン名誉会長(58)は16日、「あらゆる先天性後遺症で苦しむ私たちの存在自体が明確な証拠なのに、原爆の被爆後遺症が子孫に受け継がれるということを証明する医学的証拠がないなんて話になりますか」と無念さをあらわにした。

 日本の内務省警保局(現警察庁)が1945年末にまとめた資料によると、広島と長崎で原爆が爆発した時、韓国人被爆者10万人のうち5万人が命を失い、解放直後に4万3000人が韓国に帰った。韓国原爆被害者協会と大韓赤十字社は昨年末現在、国内に生存する原爆被爆者を約2490人と把握している。

 原爆が爆発し70年あまりが経った今、原爆被爆者問題よりも原爆被爆の後遺症を受け継ぎ、あらゆる先天性障害と病気に苦しんでいる被爆者子孫の問題がより深刻な状態だ。韓国と日本の政府は、不十分ではあるが原爆被爆者に医療・生計の支援を行っている。しかし原爆の被爆後遺症の遺伝は医学的に証明されていないとし、子孫たちの苦痛は認めていない。当然、何の支援も行っていない。

 韓国政府は原爆被爆者の子孫たちの実態どころか、数字も把握していない。昨年5月19日に制定された「韓国人原爆被害者支援のための特別法」も、1945年に原爆が投下されたときに広島や長崎にいた人と「当時妊娠中の胎児」に被害者の範囲を限定している。しかし原爆被爆者の子どもが先天性後遺症を患っているという事実を公開した人々の会である「韓国原爆2世患友会」の会員は、すでに1300人あまりに上る。

 このため慶尚南道はキム・ドゥグァン知事時代の2012年1月、「慶尚南道原爆被害者支援条例」を作る際、被害者の範囲に「2世、3世など子孫」を含めた。原爆被爆者の子孫を原爆被害者として公式に含めたのは、韓国はもちろん日本など全世界で初めてだった。慶尚南道がこの条例を作ったのは、原爆被爆者が多く住んでいるため「韓国の広島」と呼ばれる陜川郡を中心に、慶尚南道に韓国原爆被害者の30%ほどが住んでいるためだ。

 慶尚南道条例は、原爆被害者支援のための総合施策作りと推進、定期的な実態調査の実施、原爆被害者福祉・健康の体系的支援計画の樹立・施行などを道知事の責務と定めている。道知事は原爆被害者の福祉支援センターも設置・運営することができる。

 条例によって2013年に慶尚南道が道内の原爆被害者の子ども244人の健康状態を調査した結果によると、13.9%(34人)が先天性奇形や遺伝性疾患を患っていることが分かった。障害者登録率は9.1%で、全国平均(5.0%)の2倍に近かった。

 慶尚南道は今年2000万ウォン(約193万円)をかけて、陜川地域の原爆被害者の被害陳述を記録している。被害陳述書には、日本に渡った理由、日本でしていた仕事、被爆当時の状況、韓国に帰ってきた理由、帰国後の暮らしの苦しさ、被爆以降の健康状態、子孫たちの健康状態などを書くようになっている。慶尚南道と陜川郡は国費15億ウォン(約1億4500万円)、道費3億ウォン(約2900万円)、郡費3億ウォンの計21億ウォン(約2億円)をかけて「陜川原爆被害資料館」を建設しており、8月に資料館が完工すればここに被害陳述書を保管・展示する計画だ。

 しかし、法的な裏づけがない状況で、条例だけでは原爆被爆者の子孫を支援するにも限界がある。

 広島で原爆が爆発して71年めの昨年8月6日、「韓国原爆2世患友生活憩いの場」が陜川郡にオープンした。現在はチョン・ヨンヒョン、ホ・ジンヨン夫婦が住んでいるが、最大6人が同時に生活できる。毎週水曜日には会員らが集まり一緒に食事をして、情報を交換するなどコミュニケーションをする。地方自治体の支援を受け心理治療相談も行っている。だが、政府の支援を全く受けられないまま、施設は韓国原爆2世患友会と市民団体である陜川平和の家など全額民間からの後援金で運営している。運営責任を負う韓国原爆2世患友会のハン・ジョンスン名誉会長は、一銭も受け取らずにボランティアをしている。

 アン・ジェウン陜川平和の家チーム長は「現在は苦労して集めた蓄えを取り崩して後援金を使っているが、それも今年の暮れには底をつくと予想している。一日一日を持ちこたえているが常に不安だ」と話した。韓国原爆被害者協会のシム・ジンテ陜川支部長(75)は「『韓国人原爆被害者支援のための特別法』を直ちに改正すべきだ。もう2500人も残っておらず、高齢のために数年経てば大半は亡くなる可能性が高い原爆被害者1世だけのための法では、原爆被害者問題を決して解決できない」と強調した。

チェ・サンウォン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

韓国語原文入力:2017-01-17 09:20

http://www.hani.co.kr/arti/society/area/779033.html 訳M.C(2522字)

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