登録 : 2016.05.22 22:16 修正 : 2016.05.23 07:10

「受け継がれる被害」への支援など盛り込まず 
いまだに政府調査もない

陜川原爆支部主催で原爆被害者の野遊会が21日に慶尚南道陜川郡で行われ、参加者が国民儀礼を行っている。韓国政府は71年間、国内の被爆者に支援どころか被害実態の把握さえしてこなかった=陜川/キム・ボンギュ先任記者//ハンギョレ新聞社
 1945年に広島と長崎に原爆が投下された際に被爆した69万1500人のうち、韓国人被害者は少なくとも7万人に達する。韓国政府は過去71年間、事実上、彼らをほとんど無視してきた。原爆被害者たちは、「日本や米国政府よりも、自国民の保護義務を疎かにした韓国政府の方が憎い」と口をそろえる。

 韓国原爆被害者協会陜川(ハプチョン)支部のシム・ジンテ支部長(74)は22日、「韓国人原爆被爆者のうち、生存している人は現在2500人にも満たない。皆高齢であるため、数年後には生存者が誰もいなくなるだろう。にもかかわらず、韓国政府は彼らを支援するどころか、実態把握さえまともにしていない。事実上、死ぬのを待っているようなものではないか」と怒りを露わにした。

 日本は1957年3月に「原子爆弾被爆者の医療等に関する法律」(原爆医療法)を作り、被爆者に被爆者健康手帳を交付している。 1995年から原爆医療法と原爆特別措置法を統合した「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」(被爆者援護法)を施行している。日本政府は、1981年12月から韓国の被害者にも被爆者健康手帳を交付し、保健医療費や葬祭費などを支援している。先月末現在、国内原爆被害生存者2494人のうち、日本政府から被爆者健康手帳を交付された人は2419人だ。

 今月19日、第19代国会最後の本会議で「韓国人原爆被害者支援のための特別法」が可決された。原爆被害者を支援するための初めての特別法という大きな意味を持っているこの法律は、韓国人原爆被害者の実態調査▽医療支援▽被害者追悼記念事業の実施などの内容を盛り込む。

 しかし、障害や病気を患っている原爆被害者の子供など、子孫(への支援)問題が抜けている。この法律は、「韓国人原爆被害者」の定義で、原爆が投下されたとき、広島、長崎にいた人、その人が「当時妊娠していた胎児」に限定した。原爆被害者2世の集まり「韓国原爆2世患友会」の初代会長を務め、2005年に35歳で被爆後遺症(先天性免疫グロブリン欠乏症)で亡くなった故キム・ヒョンリュルさんの父のキム・ボンデさん(79)は、「息子が力を入れていた原爆被害者支援特別法が制定されたのは、本当に喜ばしいことだが、中身が空っぽでボロボロになった法案が議決されたのには、憤りを感じる。 第20代国会は開院と同時に、この法律を改正すべきだ」と語った。

 これまで韓国人の被害実態に対する政府調査はまだ一度も行われていないため、韓国人被害者が何人なのか正確には分らないのが実情だ。原爆被害者を管理する大韓赤十字社は、広島で5万人、長崎で2万人など、韓国人7万人が被爆され、4万人が命を失い、生存者3万人のうち2万3千人が解放直後(朝鮮半島に)帰ってきたものと把握している。

 しかし、これは具体的な調査の結果でなく、推定値に過ぎない。 1945年末に日本の内務省警保局が作成した資料によると、広島で7万人、長崎で3万人など、韓国人10万人が被爆し、5万人が命を失った、生存者5万人のうち、4万3千人が光復直後、韓国に帰ったものとされている。

 大韓赤十字社に登録された国内の原爆被害生存者は、先月末現在、男子1035人、女性1459人など2494人に過ぎない。生きて故国に帰ってきた被害者たちも、約70年間で2万〜4万人が死亡したことになる。生存者の平均年齢は、男性が76.9歳、女性が78.2歳だった。原爆被害者を支援する市民団体「陜川平和の家」のソク・ヨンアム運営委員長は「原爆被害者の実態を正確に把握していない状態で、彼らにしっかりとした支援を行うのは不可能だ」と指摘した。

国内で原子爆弾被害者が最も多く集まり住んでいて‘韓国の広島’と呼ばれる慶南(キョンナム)陜川(ハプチョン)では、毎年8月6日の原爆投下日に原爆被害者福祉会館慰霊閣で慰霊祭が開かれる=資料写真//ハンギョレ新聞社

陜川/チェ・サンウォン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

韓国語原文入力: 2016-05-22 19:35

http://www.hani.co.kr/arti/society/area/744932.html訳H.J

関連記事
  • 오피니언

multimedia

  • most viewed articles
    • hotissue