ソウル市城東区(ソンドング)の都市管理公団構内食堂で仕事をするHさん(59・調理士)は平日に同僚1人と60人分の昼食を準備する。2011年からこちらで仕事をしてきたHさんが昨年受け取った賃金は時給5580ウォン、月給110万ウォン(約11万円)程度だった。 ちょうど最低賃金程度だった。無期契約職のHさんの給与明細書には、時間外手当や他の手当てやボーナスはなかった。
ところが今年1月1日からはHさんの時給は7600ウォンに大きく上がった。月給では158万ウォン(約15万5千円)程度を受け取る。昨年、城東区が生活賃金条例を導入し、区庁傘下機関に直接雇用された労働者に適用したおかげだ。城東区の生活賃金額は、今年の最低賃金(時給6030ウォン=594円)より26%も高い。
Hさんは月々多く受け取ることになった40万ウォンを“大金”と話した。Hさんは「(成人である息子や娘の助けを借りずに)夫と二人で110万ウォンで暮らせると思いますか?40万ウォンといえば大金で、とても助かります。生活は以前どおりにして、多く受け取った分は貯金にまわそうと努力しています。お金があるので、仕事も張り合いがあります」。来年Hさんが受け取る時給は8110ウォン(798円)に上がる。城東区は最近そう決めたからだ。
ソウル市が運営するソウル市立大学で緑地造園施設管理をするオ・ヘスさん(71)も160~170万ウォン程度の月給を受け取り、昨年からソウル市が生活賃金を導入したために今年は180万ウォン(17万7千円)余りを受け取る。期間制で毎年3~11月だけ仕事をするオさんは「月給が増えれば難しい仕事も楽しくできる。11人の同僚はみな満足して仕事をしている」として「同僚らと仕事を終えた後、学校の前の飲み屋で5千~1万ウォンずつ出し合って一杯飲む時に働く喜びを感じる」と話した。
このように低所得労働者に一定水準以上の賃金を保障することによって、韓国社会の核心問題である所得不平等問題を解決することを目的とした生活賃金制が着実に根をおろしつつあることが明らかになった。韓国で初めて導入したのは2013年、ソウル蘆原区(ノウォング)と城北区(ソンブクク)だった。2015年には広域地方自治体としては初めてソウル市が適用した。ハンギョレが11日、全国17の広域地方自治体と226の基礎地方自治体を対象に調査した結果、来年生活賃金制を施行する広域地方自治体は計10カ所に達する。初めて施行に入る全羅北道、江原道、忠清南道、仁川(インチョン)市をはじめとしてすでに施行中のソウル、京畿道、光州(クァンジュ)市、世宗(セジョン)市、大田(テジョン)市、全羅南道だ。ソウル市が制度を導入してから2年で9カ所が増えたことになる。
これらの広域地方自治体が最近決めた来年の生活賃金額(時給基準)は平均7725.8ウォン(760円)だ。中央政府が全国単一に適用する2017年の最低賃金時給6470ウォン(637円)より19.4%(1255.8ウォン)多い金額だ。生活賃金額に含まれる手当の基準などが各々違うものの、一応光州市が8410ウォンで最も金額が大きい。
年間の上昇率も最低賃金より高く、現在生活賃金の適用を受ける公共部門低賃金労働者の賃金上昇に及ぼす影響も少なくないことが分かった。今年制度を運営した広域地方自治体6カ所の今年と来年の生活賃金額平均を比べてみると7247.8ウォン(713円)から7895.8ウォン(777円)で平均8.9%の引上げ率を記録した。最低賃金上昇率(7.3%、6030ウォン→6470ウォン)より1.6%高い数値だ。
主に地方自治体の傘下・所属機関の労働者である生活賃金適用対象者も大幅に増加している。昨年末現在で1784人だった広域地方自治体の適用対象者は、今年4574人に増えたのに続き、来年には約1万5720人でさらに大幅に増えると調査された。市郡区の基礎地方自治体51カ所で生活賃金を適用される労働者(1万4717人)まで加えれば、全国的には計3万人余りに達する。
当初の制度導入目的のとおり、生活賃金制は低賃金労働者の生活改善に及ぼす影響が大きいことが分かった。ソウル研究院がソウルの自治区4カ所で生活賃金を適用される施設管理公団の労働者447人(駐車・環境美化・顧客応対・施設メンテナンス・事務業務など)を対象に「生活賃金制施行成果モニタリング」を実施した結果、年齢が60代以上や契約職・アルバイト身分の非正社員労働者が生活賃金制の効果をより肯定的に感じていることがわかった。
60代以上の労働者は、生活賃金を適用された後に月給満足度と業務能力・態度が良くなり、離職を考えたり金銭的な心配が減ったと答えた。家族と共に過ごす時間が増えて、顧客満足度が上がるという返事も多かった。特に環境美化や顧客応対職群が多く、契約職の比重が高く高卒以下の学歴が多い60代以上の労働者の満足度が特に高いと分析された。
雇用安定性が低い期間制、アルバイト労働者の満足度も、正社員や無期契約職に比べて相対的に高かった。現在の月給満足度、生活賃金金額水準満足度、雇用機関に対する忠誠心と愛社心、離職を考えない、勤務環境改善、業務能力向上、経済的心配の減少、家族と過ごす時間の増加などを尋ねる項目でも高い点数が現れた。今回の調査に参加した対象者の雇用形態は、期間制161人、アルバイト54人、正社員30人、無期契約職193人だった。
研究責任者を務めたソウル研究院のチェ・ボン研究委員は「調査の結果、事務職より環境美化のように業務形態が明確な低賃金労働者の効能感が大きかった」としつつ「生活賃金を適用されても相変らず賃金が低いので生活の質の改善まで実現したという返事は少なかった」と話した。生活賃金制が実生活に役立ったという応答は、440人中271人だった。実際にどんな支出が増えたかを尋ねる質問に対する回答は、食費101人、住居費78人、貯蓄または保険56人、医療費43人の順だった。
生活賃金適用による所得不平等の改善効果は、男性より女性に大きく現れるだろうという期待もある。男性より女性の賃金がはるかに低いためだ。韓国雇用情報院が先月28日に発表した「中壮年層低賃金勤労現況と特徴」資料によれば、賃金労働者全体1923万4000余人のうち、中位賃金の3分の2以下を受け取る低賃金労働者は506万4000人余りだが、その63.5%(321万7000人余り)が女性だった。年齢が50代以上の低賃金労働者233万1000人の63.2%(147万4000人)も女性だった。
韓国女性政策研究院のキム・ヨンオク先任研究委員は「清掃や介護サービスなどの業種に50代以上の女性労働者が多い。彼女たちは世帯の主所得源である可能性も高く、生活賃金が導入されれば多いに役立つものと考えられる」と話した。実際、ソウル研究院の調査結果では447人中70%が家長だと答えたが、家長が感じる生活賃金の効能感は、他の構成員より大きかった。
地域単位で適用される生活賃金制度の導入拡大と継続的な金額引き上げが、結果的に全国を適用単位としながらも金額がはるかに低い最低賃金を引き上げる役割を果たすかという点も注目される。生活賃金はまだ民間部門にはほとんど適用されていないため、民間分野の労働者が生活賃金を基準として最低賃金の引き上げを今後提起するだろうという分析だ。 「私が作る福祉国家」のオ・ゴンホ共同運営委員長は「生活賃金議論の出発線が最低賃金なので、生活賃金の拡大が法定最低賃金の引き上げを促す契機になりうる」と話した。