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[記者手帳]「ソン・ミンスン回顧録」の読み方

登録:2016-10-24 03:37 修正:2016-10-24 07:48

 韓国の回顧録文化は荒廃している。質はさておき、量が絶対的に少ない。代筆が多い。自ら書いたとしても歴史的な証言よりは広報に重点が置かれていたり、エピソード一色の場合が多い。これには歴史的背景がある。長年の植民地支配から戦争と分断、独裁を経て、「記録すると危険だ」という集団無意識が渦巻いているためだ。

 そのため「北東アジア脱冷戦の青写真」と呼ばれた2005年の6カ国協議の9・19共同声明の主役であるソン・ミンスン元外交通商部長官が回顧録「氷河は動く」を執筆しようとしているという話を聞いた時はうれしかった。凄絶な交渉過程の内密の証言から、立ち枯れしつつある平和な北東アジアのビジョンを蘇らせる火種を探したかったためだ。

 当初、ソン元長官は当時の米国6カ国協議首席代表であるクリストファー・ヒルとともに9・19共同声明に焦点を合わせた本を書き、声明の採択10周年の2015年9月に出版するつもりだった。しかし、ヒルが2014年10月に回顧録「アウトポスト(OUTPOST)」(ハングル版「アメリカ外交の最前線」、2015年メディチメディア)を出版した。しかもその本には9・19共同声明と関連した韓国政府の役割が実際より過度に簡略に記録されている。

 ソン元長官は「われわれの問題を解決するためには自らの記録と思考から出発しなければならない」とし、独自執筆に方向を変えて分厚い回顧録を書いた。40年のあいだ韓国の外交の最前線を守ってきたベテランは「非核化と統一外交の現場(副題)」に焦点を合わせた。そのなかで極めて一部である2007年11月の国連の北朝鮮人権決議案の採決の方針をめぐる参与政府内部での論争に関連する記述を口実にセヌリ党が政治攻勢をかけ、メディアが特筆大書した。この残念な事態は回顧録をベストセラーにした。初版1500部は完売し、7000部以上の注文が殺到した。

 ソン元長官は「北朝鮮の核」問題を「その下に巨大な氷河」が隠れている「冷戦の残滓」(回顧録14ページ)と認識している。「北朝鮮の核問題」を冷戦体制による「米朝敵対関係の産物」と考える金大中(キム・デジュン)・盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権と基本認識を共有する。

 ところが問題解決の方法論は質が違った。ソン元長官は「韓米協議がうまくいってこそ南北会談もうまくいく」とし、「南北関係が北朝鮮の核問題解決を後押し」(408~409ページ)しなければならないという意見だ。一方、金大中・盧武鉉大統領や多くの参謀は「南北関係の進展」を情勢の安定と問題解決の誘い水、牽引車と考えた。この違いは、対外政策の樹立・執行の過程でしばしば外交部と統一部の意見の隔たりや衝突として表出した。2007年の北朝鮮人権決議案を置いて統一部長官(イ・ジェジョン)と外交部長官(ソン・ミンスン)が最も激しく論争したのは、多くの衝突の一例にすぎない。南と北は別々の国連加盟国ではあるが、「双方の間の関係が国と国との間の関係ではなく、統一を目指す過程で暫定的に形成される特殊な関係」(南北基本合意書)のためであることが大きい。

イ・ジェフン統一外交チーム長//ハンギョレ新聞社

 「氷河は動く」と共に、イム・ドンウォン元統一部長官の回顧録「ピースメーカー」(創造と批評)やイ・ジョンソク元統一部長官の「刃の上の平和」(蓋馬高原)をぜひ読むことを勧める。この重大かつ微妙な違いの歴史的淵源や政策的含意を把握するにあたって最高の案内書だ。

 回顧録は、外交文書ではない。特定の人物が資料と記憶に頼って世に出した歴史的証言だ。ソン元長官も強調したように「同じ事実も各自が置かれた位置によって他の視点から見ることになる。時には事実自体が歪曲されたりもする」(6ページ)。したがって回顧録は多いほどよい。絶え間ない交差検討で「事実」を選び脈絡を把握することは読者の役割だ。

イ・ジェフン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/766898.html 韓国語原文入力:2016-10-23 19:11
訳M.C(1730字)

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