登録 : 2015.08.27 22:42 修正 : 2015.08.28 07:43

 白凡・金九(キム・グ)と共に親日派清算・南韓単独政府樹立反対など活動
 朝鮮戦争では停戦運動を行い“利敵罪”に問われ、軍法会議で死刑
 裁判所「虚しく命を奪われた故人に遺憾を表明」

崔能鎭=資料写真//ハンギョレ新聞社

 李承晩(イ・スンマン)元大統領の政敵として、朝鮮戦争の渦中に「附逆」という寃罪を着せられ銃殺された崔能鎭(チェ・ヌンジン)が、64年ぶりに再審で無罪を宣告された。彼の死が「政治的他殺」として公式に認められたことになる。

 ソウル中央地裁刑事28部(裁判長チェ・チャンヨン)は27日、国防警備法違反罪で1951年2月に死刑に処せられた崔氏の再審で「この事件の公訴事実は犯罪の証明がない」として無罪を宣告した。

 1899年に平安南道で生まれた崔氏は、日帝強制占領期間に安昌浩(アン・チャンホ)の興士団で活動し獄苦を体験した。 解放後に38度線を越えて米軍政庁警務部捜査局長になったが、親日派出身警察官の起用に反対し席を追われた。金九(キム・グ)とともに南韓単独政府樹立反対活動を繰り広げ、1948年の制憲国会議員選挙でソウル東大門(トンデムン)選挙区から李承晩に対抗して出馬したが、立候補を取り消された。李承晩の政敵に浮上した崔氏は、その年政府樹立直後に反乱を試みたという理由で拘束され懲役5年を宣告された。朝鮮戦争の勃発で人民軍がソウルに進駐した直後に釈放され、停戦・平和運動を行い、韓国軍がソウルを收復した後に軍法会議で死刑宣告を受けた。大々的に附逆者摘発・処罰を主導したのは日本の関東軍憲兵伍長出身として悪名を轟かせた合同捜査本部長の金昌龍だ。

 真実和解のための過去事整理委員会はこの事件に対して2009年、「事実関係を誤った判決で銃殺されたことにより、重大な人権である生命権を侵害された」として、真相究明決定と共に再審を勧告した。

 再審裁判所は「崔氏が主導した即時停戦・平和統一運動は、金日成らに戦争を直ちに中止することを要求し、民族問題を平和的に解決する目的でなされたと見られる」と判断した。さらに「特に北側が『李承晩打倒大会』を共同開催せよと強要して諍いが起き、その過程で崔氏が逮捕され解放された点などに照らせば、敵を救援したり保護しようとする意志があったとは見られない」と明らかにした。 また、反日や単独政府樹立反対など崔能鎭の行跡を総合して評価する必要もあると説明した。

 裁判所は宣告を終えて「我が国の司法体系がまだ定着・成熟出来なかった混乱期に、また朝鮮戦争という時代状況の中で、軍事裁判所の誤った公権力行使により虚しく生命を奪われた故人に遺憾を表わす」と明らかにした。「再審判決が故人の不名誉を回復し過去の歴史を正すことに役立つよう願う」とも話した。

 崔能鎭は2013年に死亡した崔弼立(チェ・ビルリプ)元正修奨学会理事長の父親だ。

ソ・ヨンジ記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )

韓国語原文入力:2015-08-27 21:21
http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/706265.html 訳J.S(1313字)

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