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生活に密着した活動で自殺率を低下させるソウル蘆原区の試み

登録:2014-12-13 05:58 修正:2014-12-13 07:11
精神健康増進センターが設置されていないところは
自殺率が45.2人で、全国平均の31.7人より高い
蘆原区庁「命を愛する大豆モヤシ栽培」に参加している独り暮らしのキム・チョンドック氏の自宅を、12月3日、「命の番人」ホン・オボック氏(右側)と看護師が訪問した。飾り棚に大豆モヤシを育てるキム氏の写真が飾ってある。//ハンギョレ新聞社

 2015年の予算案が12月2日、国会本会議を通過した。政府は来年に375兆4000億ウォンの予算を執行する。「予算戦争」が終わると同時に、「世界を変える1%テコ予算」シリーズも今回を最後に終了する。『ハンギョレ21』とハンギョレ社会政策研究所、良い予算センターは、これまで4週間に渡って国が責任を負うべきにもかかわらず、予算の配分が行き届いていない7つの分野の現実を調べてきた。連載は終わるが、報道した内容が関連予算に反映されるよう、追跡報道を続ける予定である。

 黄色の大豆モヤシが甑(こしき)にいっぱい、赤ヒサゴで水やりをする皺だらけの顔には笑顔がいっぱい。キム・チョンドック氏(79)が居間にある飾り棚の真ん中に誇らしげに貼っておいた写真の中の姿だ。写真は、ソウル蘆原(ノウォン)区庁(区役所)が委嘱した「命の番人」ホン・オボック氏(61)が撮影し現像してくれたものだ。ホン氏は去年の春から毎月2回ずつ大豆モヤシの豆を持ってきてくれる。一人暮らしのキム氏にとって大豆モヤシは、時には子供のようで、時には友達のような存在だ。

自治体初の「生命尊重条例」制定

 12月3日に訪れたソウル蘆原区中渓洞(チュンゲドン)住公アパート3団地は永久賃貸アパートだ。キム氏が住んでいる311棟も256世帯のうち100世帯以上が独り暮らしの高齢者か基礎生活受給者だ。棟長のホン氏は彼らの生活を見守りながら心理相談もする。蘆原区庁はキム・ソンファン区長就任後、「自殺率最低都市」づくり事業を実施するにあたって、ホン氏のような命の番人720人を委嘱した。一人暮らしの高齢者に心の健康評価アンケートを行って、うつ病など自殺危険群に分類された人々に訪問看護サービスを提供するなど、特別な管理をする。

 大豆モヤシもただのモヤシではない。毎日成長していく姿を見ながら命の尊さを実感できるよう5月に始まったのが「命を愛する大豆モヤシ栽培」事業である。蘆原区は2011年に全国の地方自治団体の中で初めて「生命尊重の文化づくり及び自殺予防に関する条例」を制定するなど、自殺予防において模範的な自治体として知られている。

 「お婆さん、冬だけど、ちょっとでも運動していますか?」。ホン氏とキム氏の自宅で話をしていたら、ソン・ヒョンヒ看護師が訪ねてきた。蘆原区では、自殺危険群の高齢者2千人に訪問看護サービスを提供している。 「どこか悪いところはありませんか?」。看護師が優しく手を握って聞くと、キム氏は胸の内を明かした。 「実は、病気したくても、世話してくれる人がいないと、できないじゃないの...」。

 311棟7階に隣同士で住んでいるチョン・ボッチュ氏(75)とナム・シンジャ氏(72)も大豆モヤシを育てている。ナム氏は「モヤシが可愛くて毎日覗く」と話した。お婆さたちの活力となっているのは大豆モヤシだけではない。蘆原区庁は高齢者に仕事を与える「老老ケア」事業も自殺予防と連携させた。チョン氏とナム氏は、相談教育を受けて、週に3回孤独な高齢者の家を訪ね話し相手を務める報酬として、月20万ウォンをもらっている。独り暮らしでも子供がいる人は孤独も和らぐ。ホン氏は「7○○号のお婆ちゃんは子供がいない上にパーキンソン病を患い、一人で寝たきり状態になっている。時々訪ねると少しでも長く話したがって帰らせてくれない」と伝えた。

自治体に任せきり

 蘆原区は65歳以上の高齢者と基礎生活需給者がソウル市の自治区の中で最も多い地域だ。孤独と生活苦は自ら命を絶つ極端な選択を迫る最大の要因である。このため、蘆原区の自殺率は人口10万人当たり29.3人(2009年)に達するほど高かった。 2012〜2013年蘆原区で自殺した219人のうち65歳以上の高齢者が88人(40.2%)、基礎生活受給者が28人(12.8%)、無職が178人(81.3%)だった。蘆原区だけの問題ではない。我が国(韓国)の自殺率(人口10万人あたり)は1992年(8.3人)から継続的に増加し、2011年(31.7人)をピークに、2013年には28.5人を記録した。経済協力開発機構(OECD)34加盟国のうち1位で、OECD平均の12.3人(2011年基準)の2.3倍の水準だ。蘆原区は生活密着型の命の番人など、自殺危険群を早く発見し保健・相談サービスを提供することで、自殺率を24〜25人のレベルに低下させた。

 最近蘆原区は2018年までに自殺率を12人レベル以下に下げるため、「第2次自殺予防4か年総合対策」を立てた。ライフサイクルに合わせた自殺予防プログラムの開発や中・壮年層の人口の50%である20万人を対象にした心の健康評価などの事業には、合計24億ウォンほどの予算が必要だ。蘆原区庁が19億6700万ウォンを、ソウル市が4億6千万ウォンを負担する。自殺予防事業を進めていく中で、最大の現実的な制約は予算だ。蘆原区庁は、国民の健康増進基金と宝くじ基金を自殺予防事業に充てることを政府に提案した。キム・テイル良い予算センター所長(高麗大学校行政学科教授)は、「自治体だけに自殺予防事業を任せて置いてはならない。中央政府レベルで責任を負うことなのに、自治体長の意志に託されているから、自殺率が高い農村部で自殺予防事業が適切に行われないという問題点が現れるのである」と述べた。

 国会予算政策処も昨年発行した「自殺予防事業の問題点と改善課題」という報告書で、関連予算が2013年48億ウォンで、保健分野の予算の0.06%に過ぎないほど不足していることを指摘した。今年は関連予算が75億ウォンに増えたものの、日本が2006年から政府レベルで自殺防止プログラムの開発などに年間3000億ウォン以上(2013年基準)を支援しているのに比べると、「すずめの涙」にすぎない。日本は莫大な予算をもとに組織的に動いている。内閣府が総括して11個の省庁が合同で「自殺総合対策会議」を開いて、薬剤師・美容師などを自殺危険群を発見する「ゲートキーパー」として教育して積極的に活用している。

自殺を社会的疾患とみなす認識の転換が必要

 一方、韓国は、保健福祉部が自殺予防事業を統括するが、関係省庁の間、中央政府と自治体の間、民間機関との協力に消極的だ。あちこちに「穴」が開くのもそのためである。すぐに自殺しようとする人や自殺危険群のためのサポートを引き受けることになっている、保健福祉部の民間委託機関である精神健康増進センターを見てもそうだ。精神的健康増進センターの設置・運営は、国民健康増進基金として用意された予算と自治体の予算とが折半で賄われる。予算がないがために、精神的健康増進センターを設置できない自治体も出て来る。広域自治体の50%、基礎自治体の56.5%にのみ精神健康増進センターが設置されている状態(2012年6月基準)だ。 2011年基準で精神健康増進センターが設置されていない61の市・郡・区の平均自殺率は(10万人あたり)45.2人で、全国平均の31.7人よりずっと高かった。

 国会予算処は、「中央政府と地方政府間の協力がうまく行われていない」とし「地方政府予算の50%が確保されない場合でも、精神健康増進センターの設置・運営が急がれる自治体に優先的に予算を支援する必要がある」と提案した。精神健康増進センターと民間相談所などで働いている相談関連業務担当者140人にアンケート調査した結果でも、中央政府と地方自治体間の協力を強化するための一番の課題として「予算増額」が挙げられた。

 「自殺は『集団発症』といえるほど、現在の韓国社会が抱えている最も深刻な公衆保健学的、社会的問題の一つである。一週間に270人が自殺するというのは、毎週セウォル号1隻が沈没しているのと同じだ。自殺を社会的疾患とみなす認識の転換と蘆原区のように地域社会に的を絞った適切な自殺予防対策の樹立が必要である」(「自殺予防研究会」会長のキム・ドンヒョン翰林大学医学部教授)。

フォン・イェラン記者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
http://h21.hani.co.kr/arti/society/society_general/38529.html  訳H・J(3590字)

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