教育部が復活を決めた教科書編修(編集・修正)組織が、日本と同様に運用される可能性が高いことが分かった。 学界では、日本は検定制度を選んではいるものの国家の統制が強く事実上国定のように運営しているとし、我が国もその前轍を踏みかねないという憂慮が出ている。
12日、教育部担当者の話を総合すれば、教育部が新設しようとしている教育課程政策局(仮称)の指向するところは日本だ。 キム・ソンギ教育部創意人材政策官も、最近これと関連して「日本ではとてもうまくいっている」と明らかにした。
日本では文部科学省がすべての教科書の‘学習指導要領’を作り、教科書に対する細部検定基準を用意している。 学習指導要領は日本の各学校で学校教育課程を編成する際に従わなければならない基準として、教科書と関連した詳細な原則を含んでいる。 <教科書研究>という雑誌の第70号に掲載された‘日本の教科書検定制度’を見れば、日本文部科学省が告示した学習指導要領は教科書に大きなコラムを入れることまで指示したりしているという。 これまで我が国の教育部が教科書の内容に対する大きな原則だけを定めているのとは大きな違いだ。
だが今後、教育部傘下の編修関連組織ができ、教育課程開発過程に深く介入する場合、今までの‘概要化原則’は壊れ、日本のように詳細な介入がなされる可能性が高い。
教科書の基準だけの問題ではない。 日本政府は実際、教科書を書く過程でも強く関与している。 シン・ジュベク延世(ヨンセ)大人文韓国(HK)教授は 「日本の検定調査官は出版社に電話して、敏感な部分を修正するよう電話するほどに教科書開発過程に強く介入している」と説明した。 シン教授は「我が国が日本式検定調査官を念頭に置いているならば、今後教育部が教科書開発にきわめて具体的で直接的に関与することになるだろう」と話した。
日本はこういう強大な権限を持つ調査官を政権の意のままに偏向した人事で構成している。 ナム・ソング東北アジア歴史財団研究委員は、2009年に出した<‘つくる会’教科書の検定実態で明らかになった日本教科書検定制度の問題点>という論文で 「教科書調査官の選抜基準は‘人格が高潔な者’等と曖昧に決めておき、文部科学省の好みに合う人を選びやすい構造」と説明した。
実際、1998年日本史担当主任教科書調査官に任命された福地惇 新しい歴史教科書をつくる会(つくる会)の会員であったし、以後には副会長を務めもした。 2009年に調査官だった照沼康孝と村瀬信一は二人とも新しい歴史をつくる会が書いた教科書の監修者である伊藤隆の弟子であった。 二人は伊藤と共著を発刊したり共同研究したりもした。
日本はこのように偏向した調査官が行った検定過程を通じて、2005年には扶桑社版教科書、2009年には自由社版教科書を検定通過させた。 初代国家記録管理委員会委員長を務めたアン・ビョンウォン韓神(ハンシン)大教授(韓国史)は<扶桑社刊日本歴史教科書の問題>という論文で「(日本文部科学省は)社会科教科書の検定基準を調整して、扶桑社版教科書に対して批判的な委員を解任するなど(扶桑社版教科書の)検定通過のために多方面で努力した」と指摘した。
我が国はこういう日本の歴史をそのままなぞる可能性が高い。 教育界ではこれまでの政府の態度から見て、もし我が国が日本のように教科書開発に対する詳細な基準を作り検定過程にも深く関与することになる場合、登場することになる教科書は教学社版教科書と似た観点を強調する可能性が高いと展望する。
すでにソ・ナムス教育部長官はイ・ベヨン韓国学中央研究院長とユ・ヨンイク国史編纂委員長などと共に‘歴史研究強化委員会’(仮称)を作って、古代史から近現代史に至るまで主要争点を選び出して統一見解を導出する作業に乗り出すことにしたと言う。 イ・ベヨン院長は教学社版教科書の前身といえる<代案教科書>を作った教科書フォーラムの顧問であったし、ユ・ヨンイク委員長は教学社版教科書の著者が初・2代会長を受け持っている韓国現代史学会の常任顧問だった。 これらは去る7日に初めての集いを持った。
イ・マンヨル淑明(スンミョン)女子大名誉教授(国史学)は「復活する編修局は、教育を統制する役割をすることになるだろう。 自由社会で多様な人格を作るのではなく、全体主義社会のように政府が一律的なコピー人間を作るということ」と語った。 ウム・ソンウォン、キム・ジフン、パク・スジ記者 esw@hani.co.kr