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121年ぶりに呼び戻された「モンロー主義」【コラム】

登録:2025-12-19 23:15 修正:2025-12-20 11:44
//ハンギョレ新聞社

 米国の第5代大統領ジェームズ・モンローは1823年12月2日の議会での教書演説で、欧州列強に対し、米大陸(西半球)のことに干渉することなかれと述べた。そのような干渉は「我々の平和と安全を危険にさらす行為」だとみなすという宣言だった。後に「モンロー・ドクトリン(モンロー主義)」と呼ばれたこの原則は、中南米に対する米国の政策を象徴する標語として位置づけられた。

 81年が過ぎた1904年12月6日、第26代大統領セオドア・ルーズベルトは「モンロー主義に対するルーズベルト推論(Roosevelt Corollary)」を発表した。米国政府の記録を扱う機関「国立公文書記録管理局」の説明によると、Corollaryとは「既存の思想の拡張」を意味する。「すでに知られている考えやテーマを根拠として新たな判断を引き出す」という意味があることから、「推論」と訳せる。1902年にベネズエラ政府が欧州の債権者に債務を返済できなかったことで、英国やドイツなどが軍艦でベネズエラの港を封鎖すると、米国は自国の影響力が弱まることを懸念した。そこでルーズベルトは、中南米諸国に対して「国際警察権を行使」しうると表明した。モンロー主義が欧州列強の西半球進出の防止を主眼としていたとすれば、ルーズベルトはその意味を拡張して米国による中南米への直接介入の根拠とした。米国は1904年にはサントドミンゴ(現ドミニカ共和国)、1911年にはニカラグア、1915年にはハイチに派兵した。欧州の介入を防ぐためという名目を掲げてはいたものの、中南米諸国に対する政治的、軍事的介入だった。その後、フランクリン・ルーズベルト大統領は1934年、このような介入主義を拒否し、「善隣政策」を表明した。

 先日12月4日、トランプ大統領が「モンロー主義に対するトランプ推論」を発表した。121年をへて、セオドア・ルーズベルトを真似て自己流に再解釈したのだ。彼は国家安全保障戦略において「米国は西半球での米国の優位を回復するとともに、我が本土と同地域全域の核となる地政学的拠点に対する接近を保護するため」という大義名分を掲げた。彼は「米国は西半球外の競合勢力が同地域に軍やその他の脅威となる力を配置したり、戦略的に重要な資産を所有・統制したりすることを容認しない」と述べた。この宣言はちょうど、ベネズエラのマドゥロ大統領を追放しようと試みられている中で発せられた。モンロー主義を掲げて米国が中南米の主権を奪おうとするという不幸な事態は、いつまで繰り返されるのだろうか。

パク・ヒョン|論説委員 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1235114.html韓国語原文入力:2025-12-17 16:33
訳D.K

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