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[寄稿]尹錫悦政権1年、無能の裏側で起きていること

登録:2023-05-13 06:04 修正:2023-05-19 10:35
シン・ジヌク|中央大学社会学科教授
2月28日、ソウル崇礼門前で開かれた「建設労組弾圧糾弾! 反労働尹錫悦政権審判!建設労働者決起集会」で、参加者たちが「あなたのための行進曲」を歌っている=ペク・ソア記者//ハンギョレ新聞社

 尹錫悦(ユン・ソクヨル)政権発足から1年間、大統領の国政遂行に対する支持率は大体30%をかろうじて超える水準だった。昨年の大統領選挙の時、尹錫悦候補は全体有権者の32%の支持で権力の座に就いた。しかし、大統領になってからも国民の指導者、大韓民国の指導者として一歩も前に進めず、ただ彼を選んだ支持者だけの指導者にとどまっていることを意味する。

 尹錫悦政権を支持しない60~70%に達する市民がその理由として最も多く挙げたのは、大統領の無能と資質不足、そして一方的かつ独断的な国政運営方式だった。国と政府を運営する能力が足りないにもかかわらず、国民の意見を黙殺して重大な国家的決定を下しているという点を多くの国民は最も懸念しているのだ。

 韓国社会の階層格差、気候危機、高齢化などのように緊急かつ重大な多くの社会問題は、この1年間どこでも重点議題として扱われず浮遊している。尹錫悦政権はこれらについていかなるビジョンやロードマップも示したことがなく、残りの4年間でこれといった改善が起きる可能性は高くない。韓国社会が緊急に対応しなければならない多くの課題が、歴史の静止画面のように「フリーズ」状態にある。

 しかし、尹政権が無能で無責任であるため、何もしない政権だという錯覚に陥ると、重要なポイントを見逃しかねない。無能の裏側で、今後韓国社会に重大な結果をもたらす多くのことが起きている。

 第一に、韓国の民主主義において深刻な歪曲と退行が急速に進んでいる。大統領一人と少数の側近に権力が高度に集中しており、検察をはじめとする非選出の国家機関を中核の統治手段とする官僚的支配体制が強固になっている。

 法治主義のない民主主義はマジョリティの暴力に変質するが、民主主義のない法治主義は法を武器にした権威主義的支配になる。もし民主主義と法治主義がなければ、恣意的で専制的な支配に近づく。すなわち、権力者と政権勢力の意のままに国家権力を振るうことができるようになるのだ。

 朴槿恵(パク・クネ)元大統領の弾劾が韓国社会に与えた歴史的教訓は、政治競争と選挙によって民主的に選出された権力であっても、憲法的価値と法治主義を損なえば、権力の座から退かざるを得ないということだった。ところがいま、尹錫悦政権はまた別の教訓を与えている。すなわち、民主的に統制されない司法権力の支配を我々は経験している。選出された権力と非選出権力の乱用が重なる非常に危険な権力の集中だ。

 第二に、韓国資本主義の権力構造に変化が起きている。尹錫悦大統領は「国家は消滅しても市場は消えない」という信念を表明した。これは間違っている。現代の市場制度は、現代国家がなければ、生まれることも成長することもできなかった。何よりも資本主義が人間を飲みこまないようにする力を持った唯一の組織がまさに国家だ。ところが、尹政権は何の制約もない企業活動の自由を夢見ている。

 その目標のための主な攻撃対象がまさに労働組合だ。尹錫悦政権と保守メディア、企業家団体は労働者の組織的基盤を執拗に攻撃してきた。レーガンやサッチャーの新自由主義政治における労組への攻撃は、企業のためのより包括的な構造改革の第一歩だった。なぜなら労働者の組織こそ企業の利益を一方的に貫くことに対する最大の障害物であるからだ。

 尹錫悦政権が労働者の連帯を弱体化させるために取った主な手段は分断戦略だった。大企業と中小企業、正社員と非正社員、労組と非労組をあちこちで仲違いさせ、反目させることだ。このような言説と戦略によって、労働者の権力資源を様々なかたちで弱体化させる過程が進められている。甲と乙(強者と弱者)の力の関係に構造的な不均衡が深まっている。

 第三に、最近急激に進んでいる変化は対外関係の側面だ。尹錫悦政権はここ1、2カ月の間に韓日関係と韓米関係に非常に積極的だったが、その核心は韓米日対朝中ロの新冷戦構図を強化することだった。この過程で、韓国は米日同盟の従属的パートナー、そして最終的には米国の世界戦略構想に従う従属的パートナーとして急速に組み込まれていく。

 東アジアに地政学的不安定性が高まっており、北朝鮮の核脅威がさらに実質的になっている中、新冷戦対決構図がこの地域で深まることを防ぎ、朝鮮半島の平和を守ることが、いま我々の前に置かれた重大な課題だ。この状況に効果的に対処するためには繊細な戦略と国民的合意が重要だが、大統領の性急で独断的な行動で危険すぎる変化が急激に起きている。

 しかし、いま韓国社会が直面している究極的な限界は、このような尹錫悦政権の様々な深刻な問題にもかかわらず、この現実を打破する政治的代案と信頼できるリーダーシップが現れないことだ。尹錫悦政権に対する否定的世論が続いているにもかかわらず、与野党どちらも信頼しない広範囲な有権者層がある。多くの国民が政治の現実に多くの不満を抱いているが、反対意思を積極的に表明できない膠着状態にある。特に青年世代において、そのような留保的な態度が文在寅(ムン・ジェイン)政権後半期から現在まで続いている。

 2022年の大統領選挙では、20~30代に保守投票が多かったが、尹錫悦政権発足後、この年齢層の大統領支持率は10~25%と極めて低い。ところが、その反対給付で増えたのは民主党や正義党の支持率ではなく無党派の比率だ。韓国ギャラップの4月25~27日の世論調査で、支持する政党がないと答えた回答者の割合は、20代で48%、30代では35%に達した。昨年の大統領選挙の際の「大統領にふさわしい候補がいない」という回答率と一致する。

 文在寅政権は経済で平等と公正、正義を掲げたが、不動産価格の高騰と資産格差の深化という大きな過ちを残した。また、外交で平和と自主、グローバル先導国家を追求したが、ハノイ朝米会談の失敗後、変化した国際情勢に効果的に対応できなかった。これに対する省察と変化した姿を見せず、尹錫悦政権に対する糾弾だけに没頭して反射利益を図るなら、韓国政治に新たな突破口は見出せないだろう。

 朴槿恵元大統領の弾劾後、保守政治は変わっておらず、文在寅政権に対する非難の政治だけに没頭してきた。しかしいま、民主党も同じような道を歩んでいけば、国民はこれを信頼することも、支持することもできないだろう。文在寅政権と民主党にかけた国民的期待の大きな方向性を再確認しながら、これまでの過ちと限界を明確に省察し、歴史の新しい段階を始める転換点が必要だ。

 2016~17年の全国民的なろうそく集会と弾劾、2018年の南北首脳会談の平和議論の進展の中で多くの国民が大きな希望と自負心を抱いた。しかし、いまの社会的ムードは完全に変わった。失望と軋轢の傷がいたるところで見つかり、どこからも希望の根拠を見出せないという絶望感が広がっているようだ。

 しかし、社会変化の流れはまるで海の波のように改革と反動、躍動と低迷の間を行き来するものだ。社会の肯定的なエネルギーが高まる時は勝利主義が広がるが、下降期に入れば自嘲と悲観が蔓延する。問題は抵抗と批判を超える再跳躍だ。 そのための踏み台となる陣地を見つけて構築することが、尹錫悦政権の残り4年間、韓国社会の重要な課題になるだろう。

//ハンギョレ新聞社
シン・ジヌク|中央大学社会学科教授(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/1091488.html韓国語原文入力: 2023-05-12 21:36
訳H.J

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