世界の主要通貨のうち、ウクライナ戦争後最も大きく価値が下落した通貨は何だろうか。答は日本円だ。
日本円の価値は、2月24日の1ドル=115円から2カ月後に129円となり約12%も下落した。ロシアのルーブル貨は戦争直後に40%程度暴落したが、2カ月後には戦争以前の水準に回復した。ドルに対する日本円の価値は20年ぶりの最低となり、他の通貨に対する日本円の購買力を示す実質実効為替レートも50年ぶりの最低水準だ。
かつて日本円は世界の安全資産として危機の度に価値が上昇した。日本経済は長らく経常収支黒字を記録し、日本人はこれを海外に投資して2020年末基準の対外純資産が約357兆円で、30年連続世界1位を記録した。世界経済に衝撃が走れば、低金利で日本円を借り海外に投資した円キャリートレードが日本に戻り、日本円の強気現象が発生した。ところが今は過去と正反対だ。
最近日本円の価値が暴落した背景には、米国と日本の金利差が広がるという展望がある。米連邦準備制度理事会(FRB)は、急騰するインフレに対応して金利を急速に引き上げる計画だ。しかし、日本銀行はそうではない。米国の10年国債金利はすでに2.9%まで上がったが、日本銀行は最近も10年満期国債金利が上昇すると国債を無制限に買い取り、金利上限0.25%を維持する政策をとっている。日本銀行の黒田東彦総裁は先週金曜日にも緩やかな通貨政策を続けると話したので、投資家にとっては日本円の魅力が低下せざるをえない。
これは、長期不況とデフレに対応するために導入されたアベノミクスの後遺症ともいえる。日本銀行は2013年に量的緩和に乗り出し、2016年以後は基準金利と長期国債金利をそれぞれ-0.1%、0%程度に統制している。アベノミクスの初期には、円安で輸出大企業の利益が増え、低金利のおかげで国債の金利負担も低くなり財政が安定化された。だが、パンデミック以後、米国や欧州に比べて日本は依然として景気は振るわず、物価上昇率は低い。3月の消費者物価指数が前年比1.2%高くなったが、食品とエネルギーを除く指数は0.7%低くなった。このように低いインフレと増える国債を考慮して、日本銀行は拡張的通貨政策を継続する計画だが、日本円の価値が打撃を受けているので一種のジレンマに直面しているわけだ。
最近のエネルギーと穀物の価格上昇による経常収支赤字転換の可能性も、日本円の下落を煽り立てている。日本の貿易収支は3月まで8カ月連続赤字を記録し、今年1月は貿易収支の赤字が大きく経常収支も1兆6千億円の赤字を記録した。日本は海外投資で稼いだ収入のおかげで経常収支は黒字を記録してきたが、今年はそれも確実ではない。経常収支の赤字は、日本円に下落圧力を与え、それは貿易収支の赤字と円の投げ売りを招く悪循環をもたらしかねない。
もちろん、円安が輸出を促進するならば日本経済に役立つだろう。日本円の価値が10%下落すれば、輸出増加で年間経済成長率が約0.8%高まるとの展望も提示されている。だが、最近は日本企業の海外生産が増えたことにより円安の輸出効果は大幅に減った。経済産業省によれば、日本の製造業の海外生産比重は10年前の約17%から最近は25%まで高まっており、特に自動車会社は約3分の2を海外で生産している。企業対象のアンケート調査でも、円安は助けではなく負担になると答えた企業がはるかに多かった。
日本円の価値下落は市民生活に直接打撃を与えている。すでに過去10年間に食料品など輸入ものの物価が大きく上がったが、3月には日本円の急落でエネルギーと穀物の価格が急騰し、輸入物価指数が前年より33%も高まった。ガソリン価格が急騰すると日本政府は補助金を拡大したが、食料品価格も続々と上がっている。問題は賃金の引き上げが長期にわたり振るわない現実の中で、生活必需品の価格が上昇すれば、個人消費が一層萎縮して経済に悪影響を与える可能性が大きいことだ。
岸田文雄首相は政治家になる前の1980年代、日本の長期信用銀行で外国為替業務を担当した。すでに世の中は大きく変わっており、最近の日本円暴落は首相と日本経済にかなり難しい課題を投げてかけている。日本に必要なのは、やはり拡張的通貨政策を超え、企業の生産性向上を通じた競争力の強化、そして賃金引き上げと内需活性化に基づく経済回復であろう。