本文に移動

[朴露子の韓国・内と外]韓国の学校には「労働権教育」こそが必要だ

登録:2021-07-06 21:14 修正:2021-07-07 17:11
全国で未払賃金の総額が1兆6000億ウォン(約1600億円)にのぼるというのが、新生「先進国」の大韓民国の現在の姿だ。有名ドラマを作った製作スタッフ、3年前に世界の注目を浴びた平昌五輪の施設を作った建設労働者、シャトルバスの運転手、行事の進行に力を尽くしたコンパニオンも、賃金未払の苦痛を味わった。資金の流れに問題が生じさえすれば「人件費」を「人材」に支払わず、「取り急ぎ必要なところ」に充てるのが業界の「慣例」だ。
イラストレーション:キム・デジュン//ハンギョレ新聞社

 私の息子は今高校3年生だ。来年初めには大学に入学する予定だ。ノルウェーの教育制度に韓国のような入試はないが、高校での評価点が一定以上にならなければ大学入学はできないので、韓国の親ほどではないものの気にはなる。子どもの学習現況が心配になるが、現在は韓国に招へい研究者として滞在していても子どもとその問題で遠隔でコミュニケーションを続けている。子どもと対話する時、時には学校での勉強の有用性について論争することになるが、子どもに高等数学や古代史が実生活でどのように役に立つかを納得させるのは本当に難しい。しかし、例えばノルウェーの中高生が学校で受ける労働権教育の必要性を、子どもは疑ったことがなかった。本人もしばらくアルバイトをしたことがあるので、その状況では時給や残業、労働契約などに関する知識が役立ったということは彼も認めている。

 北欧の子どもたちは、「労働」について早い時期から学ぶ。ノルウェーでも中学2年生の時に「実習」といって現場で仕事をし、法定労働・休憩時間のような概念の意味を体験を通じて知るようになるが、スウェーデンの場合には中2~3の時期に2週間の現場実習をするプログラムもある。2週間かけて「仕事」を直接味わい、労働保護法令の条項を一つひとつ学ぶことになる。スウェーデンの中2の社会科の教科書には、例えば失業手当のような福祉システムや、労働保護法令に対する上級学習内容が載っている。現場で使えるような内容だけでなく、その背景までも子どもたちは学ばなければならない。私は子どもの高校の歴史学習をサポートする中で歴史教材に接することになったが、そこでは19世紀のノルウェーの労働者の悲惨な暮らしと初期労働運動の出現、1887年の労働党創党、労働闘争の里程標、そして1929年の世界大恐慌以後の福祉システム構築の歴史などが詳細に扱われている。他のことは分からないが、少なくとも北欧の高校を卒業する生徒たちは、すでに標準労働契約書の作成や残業手当の計算方式などについて、「常識として」正確に知っていると言える。

 学校が労働権教育の現場にならなければならない理由は自明だ。利潤の創出と資本の無限の蓄積を指向する資本主義経済システムは、“毒”のような性格を持つと考えられる。ある状況では毒も人々の役に立つ。薬品生産などに有用に使われることもあるからだ。同じように、市場・競争システムもある法的制約の中で適用される場合、技術革新など純機能を発揮する。しかし、この制約が解けてしまえば民間資本・市場・競争はすぐに薬品ではなく毒物に急変する。国家が環境保護法令の順守を強制しなければ、工場の煙突は有害物質をむやみに大気中に吹きだすだろうし、労働組合がなく労働基準法が守られない労働現場は、チョン・テイル烈士が1960年代末に体験した平和市場のようになる。資本主義社会の運営を資本家の裁量に全面的に任せるならば、この社会はすぐにに人が生きられない「ジャングル」に変わる。

 ノルウェーにおいても青少年に対する労働権教育が切実な理由は、稀にではあるが青少年の労働権が侵害されるケースが時折発生するからだ。例えば、私が個人的に知っている学生のなかにも夏にウェイターとして働き、残業や特別勤務に対する手当を受け取れなかった事例があった。結局、労組の法律支援で法的手続を取り、手当を受け取ったが、実に苦しい過程であった。ノルウェーではアルバイトでも多くの場合労組に加入し、非常時には労組の支援を受けることができるので、若者たちが労働市場で超過搾取や詐欺、賃金不払にあう確率は比較的少ない方ではあるが、それでも一定の危険は常に隠れている。

 それに比べれば、韓国の労働市場はまさに戦場だ。毎日のように銃声なき戦争が起き、その犠牲者は労働者、中でも特に若者、青少年労働者だ。残業手当どころか賃金全額が未払いにされるのも韓国では日常茶飯事だ。全国で未払賃金の総額が1兆6000億ウォン(約1600億円)にのぼるというのが、新生「先進国」の大韓民国の現在の姿だ。「恋の記憶は24時間~マソンの喜び~」のような有名ドラマを作った製作スタッフ、3年前に世界の注目を浴びた平昌(ピョンチャン)五輪の施設を作った建設労働者、シャトルバスの運転手、行事の進行に力を尽くしたコンパニオンも、賃金未払の苦痛を味わった。約3分の1が賃金未払を体験している韓国在住の高麗人(ロシア沿海州を経てCIS諸国に移住させられた朝鮮半島出身者)を支援して、数え切れない賃金未払の解決を助けたある聖職者の表現を借りれば、賃金未払は韓国の事業者の“生理”に近い。資金の流れに問題が生じさえすれば「人件費」を「人材」に支払わず、「取り急ぎ必要なところ」に充てるのが業界の「慣例」だ。

 弱肉強食のジャングルの法則が支配する社会で、一次的に犠牲になるのは若者たちだ。ソウル市教育庁が2018年10月に中学3年生と高校2年生8654人を対象に「ソウルの生徒に対する労働人権実態調査」を行ったが、その結果によれば、回答者の15.9%がアルバイト有経験者であり、そのうちの47.8%が賃金ないし手当の未払をはじめとする各種の労働権の侵害にあったことがあるという。小売業、配達業、食堂業などで若者の低賃金労働がこの社会の「成長」を支えているが、戦場のような仕事場に出て行かなければならない彼らにとって切実に必要な知識を、学校は前もって提供してくれない。社会や道徳の教科書に「労働」についての断片的な言及はあるが、韓国の各級の学校はまだ労働基準法のような労働関連法規、労働権の侵害の類型、労働権の侵害に対する対応方式、そして労組加入の重要性について、体系的な学習の機会を学習者に提供していない。そのような教育をまともに受けられなかった学習者は、後に労働の現場で事業者から詐欺にあうだけでなく、安全装備を提供しないことに対する抗議をしようとも思わず、労働災害にさらされる確率もまた高くなる。すなわち、多くの若い労働者にとって、労働権教育は生活以上に生命の問題だ。

 韓国映画『カート』(邦題『明日へ』)でモンスター顧客に対しスーパーマーケットの非正規職員がひざまずいて謝罪する、その有名な場面を観た私のノルウェーの学生たちが信じられないという顔で、こんなことが韓国では実際に起きることなのかと私にしばしば尋ねた。もし職場で各種のハラスメントに常にさらされている労働者が、学校で早くから労働権教育を受けていたならば、もっと容易で効率的にこうした侮辱を阻むことができるのではないだろうか。もし現政権が公約するとおり、韓国が「労働尊重社会」に進もうとするならば、学校で労働権教育を制度化し、未来の労働者にその権利を前もって教えることこそが最初の処置にならなければならない。

//ハンギョレ新聞社

朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) |ノルウェー、オスロ国立大学教授・韓国学

(お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/1002401.html韓国語原文入力:2021-07-06 17:16
訳J.S

関連記事