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[コラム]“日本をきちんと見始めた世代”…80年代生まれ、第3世代の登場

登録:2021-02-25 10:57 修正:2021-02-25 17:59
30代の論客たちの要旨は、産業化世代と民主化世代はそれぞれ類例のない成就を遂げたにもかかわらず、互いに非難ばかりを繰り返したために政治的内戦状態にあるということだ。産業化・民主化の恩恵を受けて育った80年代生まれが中心となって二つの世代の功罪を評価し克服することで、追撃から追い越しの時代へと進むという主張だ。一言でいえば、肯定的な政治学、克服の世代論といえる。
朴槿恵前大統領の就任4周年だった2017年2月25日夕方、ソウル光化門広場で開かれた朴槿恵退陣を求めるろうそく集会で、参加者がスローガンを叫んでいる=パク・ジョンシク記者//ハンギョレ新聞社

 先日、フェイスブックの友達の紹介で知った『追い越しの時代』という本を興味深く読んだ。80年代生まれの6人の共同著作だが、世代と歴史、政治を網羅した秀作だ。陣営の囲いから脱して統合的な視点から眺めている世代論だった。

 30代の論客たちの要旨は、産業化世代と民主化世代はそれぞれ類例のない成就を遂げたにもかかわらず、互いに認め合わず非難ばかり続けたため、政治的内戦状態に陥ったということだ。産業化・民主化の恩恵をいずれも受けて育った80年代生まれが中心となって、二つの世代の功罪を評価し克服することで、追撃から追い越しの時代へと進むという内容だ。

 一言でいえば、肯定の政治学、克服の世代論と言える。20~30代が民主化の歴史と本質も知らず保守化していると嘆く上の世代に対する、理由ある反論とも読める。

 まず、産業化・民主化で絶えず走り続けたこの60年の歳月については、後の世代の目を通すと少し淡々と眺めることができる。先進国のマジノ線といわれる1人当たりの国内総生産3万ドルを達成した国のうち、韓国のように「グローバル・ナンバーワン」製品があふれる国は多くない。セウォル号に続くろうそく革命は、市民がろうそくを掲げて立ち上がり、日々の暮らしの問題と命の問題を統合したという点で「韓国の民主主義が日本の民主主義を追い越した瞬間」だったのかもしれない。

 にもかかわらず、問題の核は「二つの世代が自分たちだけの閉鎖的なナラティブの中でいまだに主人公の位置にいること」だ。「産業化勢力には『北朝鮮と追従者たち』、民主化勢力には『独裁者と附逆者たち』というヴィラン(悪役)がいる」。結局、「相手が退場しない限り退場できず、自分を棚に上げて相手を攻撃するのも利己心のためではなく、ヴィランが退場しない限りヒーローが『小さな傷』を言い訳にして降板するわけにはいかないと考える」からだ。

 著者たちはこれを「退場できないヒーローの悲劇」と呼び、二つの世代を「歴史化し、無事に家に帰らせること」を提案する。歴史化とは成果を認め相対化するということだ。要するに、二つの世代が大きな成功を成し遂げた世代だということを悟らせた後、人為的に引きずり下ろすのではなく、引退の年齢に達した頃に家に帰らせようということだ。

 産業化・民主化世代の成就と限界、生存方法まで考察した鋭い分析だ。その解決法が現実的なのかはわからない。二つの世代、特に民主化世代は、若い世代が自分たちの味方につかないことをさびしく思うかもしれない。しかし長江の流れを逆流させることはできない。与えられた役割を黙々とこなし、遅くなりすぎないうちに退くのも一つの方法だ。

 このような世代克服の動きは、2016年のろうそく革命から発したのかもしれない。ろうそくを掲げた20~30代の基底には、単なる政治勢力間の政権交代を越え、先行する世代をまるごと克服しようという大奮闘がうごめいているかもしれない。

 「80世代」(80年代生まれ)の著者たちの歴史認識も興味深い。大韓民国の発展の動力の根源は何か、米国と日本をどう見るべきか、北朝鮮とは私たちにとって何なのかという問題は、歴史と世代を貫く論争を呼ぶ問いだ。

 米国と日帝が産業化の決定的な動因だとする主張を、筆者たちは概して排斥する。米国の援助を受けた国はいくつもあるが、産業化に成功した国は韓国と台湾くらいだ。韓国、台湾が日本の植民地だったから産業化したという植民地近代化論については、ここ30年間の中国とベトナムの成長は「日本例外主義」ではなく「東アジアの特性」と同じ流れだという点を強調する。朝鮮時代の自立的小農、解放後の土地改革、朴正煕(パク・チョンヒ)の重化学工業への投資、教育熱などは韓国特有の内的要因だ。

 米国と日本を産業化の根本原因として見るのと、与えられた環境のなかで韓国の奮闘がなければ成し遂げられなかったと見るのとでは、大きく異なる。二つの側面を同時にみることができれば、解放後の歴史を統合的に見ることになる。特に、19世紀末にすでに産業革命と議会を確立した日本の成就と限界をすべて視野に入れるのは、「日本をきちんと見始めた世代」の登場といえる。

 北朝鮮については「二国家平和体制」を主張するが、80世代らしく韓国の枠組みの中で北朝鮮を眺めているというのが特徴であり限界だ。

 これらの主張は、大きくみて第3勢力論の範疇にあるといえる。一般的な世代論の観点では、この論議はわりと説得力があるが、政治勢力化の面では第3勢力論は概ね無力だ。「80世代」「80のための政治」という概念もまだ明確ではない。

 今回の論議は勢力として80世代をどのように確立させるのか、どのような政策とナラティブで上の世代を克服するのかを本格的に設計するのに先立つ序論のようだ。これからより多くの苦悩と討論が続くことを期待する。

ペク・キチョル|編集者 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )
https://www.hani.co.kr/arti/opinion/column/984313.html韓国語原文入力:2021-02-25 02:40
訳C.M

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